第1話 邪智暴虐なアイツ

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「何で、アンタがここにいるのよ」  せっかく、奮発して、いつもは前を通り過ぎるだけの、高級洋菓子店でケーキを買ったんだ。5個あるけど、お前にやるくらいなら、一人で3個食べてやる。 「兄貴に呼ばれたんだよ」  海門が面倒くさそうに、呟く。こっちを見ようともしない。 「ごめんね。翠ちゃん。今は、こいつの顔なんか見たくもないよね」  その通りだ。  そりゃあ、好きだから告白した。中学3年の時に出会って、運命を感じた。運命だと思うから、諦めたくなかった。でも、振られれば、やっぱり傷つく。何度振られても、傷つく。しばらく落ち込んで、また復活して次のチャンスを待つ。  仕方ないのだ。他の男に目が行かないのだから。この男に対する『好き』を上回る相手が、現れない。 「さあ、こっちに来て。食べましょう。あなた、ワインを開けてね」  美也子ちゃんが、柔らかく笑う。彼女は、料理上手だ。オードブルからメインまで、手の込んだ物がずらりと並ぶ。  航介さんが、ワインを注いでくれる。スマートな立ち居振る舞いだ。この二人はいつ見ても、幸せそうだ。お似合いの二人だなと思う。子供はいないが、いつまでも新婚のように仲が良い。  しばらくは、世間話をしながら、食事を楽しむ。航介さんが、場を和ませる。博識で話題が豊富なのだ。海門も美也子ちゃんの前なので、相槌くらいは打つ。にこやかとは、お世辞にも言えないが。  食事が済んで、リビングでコーヒーをいただく。大きな窓から、遠くの山並みが望める。  『山笑う』とは、春の季語だが、本当にその柔らかな色合いが、ふうんわりと微笑んでいるように見える。  ソファーに皆が揃ったところで、航介さんが改まった顔つきになる。 「あのね。翠ちゃんに、大事な話があるんだ。親父と義姉さんから、僕が話をするようにと全権委任された」  真剣な表情に、戸惑いを覚える。コーヒーカップを置いて、思わず座り直す。 「ここにいる海門と、結婚してくれないか」  びっくりして、ソファーからずり落ちそうになった。
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