桜の樹の下に妹を埋めようと思う

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愛紗(あいさ)ちゃん、桜きれいだね」  学校をサボった姉に連れられて、公園でお花見をしている。  姉は学校の制服を着て、私は灰になって。  私は幽霊。去年の夏休みに、持病をこじらせて死んでしまった。    死後、私の意識は骨壷に宿っていた。悲しむ家族の姿をこれ以上見たくなかったので、お寺にとどまることにしたのだ。  だが、事件は起きた。今日の昼過ぎ。姉がお寺の納骨堂から私の遺灰を盗み出しやがった。 「ねえ、お姉ちゃんとお花見に行こっか」  姉は灰を密閉された小さな容器に入れ、ハンカチで包み、とても大事そうに抱えた。  バカか!?バレたら死ぬほど……ギリギリ死なない程度にひどく怒られるぞ。  意識を骨壷から、姉の隣に移動する。ついていくことにした。このバカが何かやらかさないか不安だったから。 「愛紗ちゃんは、ここの桜が好きだったよね」  姉は遊歩道をゆっくり歩きながら、桜を見上げ、見惚れるように呟いた。というより、私に語りかけた。 「あたしの入学式の帰りに、二人で、ここの桜を見に行った時のこと、おぼえてる?」  思い出す。私の体調が奇跡的に良かった日のこと。「高校の隣にある公園の桜がきれいなんだって!」と姉に言われて、この公園に一緒に行ったんだった。 「愛紗ちゃん、話してくれたよね、『お姉ちゃんと同じ高校に行きたい』って。あの時、とっても嬉しかったなぁ」    ひとり浮かれたような姉。私をかわいがってくれた時と同じ声色をしている。記憶にツタのようにまとわりついている声だ。  姉はいわゆるシスコンだった。毎日毎日、口癖のように「愛紗ちゃんは世界一かわいい!」と言っていた。   「愛紗ちゃん大好き!」とも毎日言っていた姉は、隙をねらっては私にベタベタひっついてきた。その度に「ワタシモスキー」と棒読みで応えて、受け流してたけど。    病弱な私の世話をやいてくれた姉、気弱な私をいじめっ子から守ってくれた姉。  私はそんな姉がちょっと苦手だった。正しくは嫉妬に近い感情を向けていた。姉と同じ高校を志望したのも、できるだけ姉に負けたくなかったからだ。  一歳年上の姉は、容姿端麗で赤いバラのピアスがよく似合っている。そのうえ、成績優秀でみんなに優しい性格、高校では生徒会長をつとめる、誰が見ても完璧な女だ。    一方で私は、平凡で地味な顔、ピアスなんかつけても悪目立ちするだけ。成績も普通。おまけに病弱で人見知り、生徒会なんてもってのほか。  優れた姉に「世界一かわいい!」と言われても、劣等感を刺激されるだけだ。バラと雑草のどちらが美しいか……なんて、誰でもわかるのに。  もしかしたら姉は、自分を『良いお姉ちゃん』だと思い込むことで、さまざまな不満を封じているのではないか。そう疑う日もあった。  私がよく体調を崩すせいで、両親とあまり遊べなかった姉。私の療養の都合で、転校を繰り返した姉。ストレスを感じていても、おかしくない。 「ここにしようかな」   姉は一本の桜の前に立ち止まった。フェンスの近くに咲いている桜の木だ。私が通っていた高校の校舎が少しだけ見える場所。 「この桜の下に、愛紗ちゃんを埋めようと思うんだ」  えっ?どうして、そんなことを…… 「ほらっあそこ!校舎が見えるよね」  姉が校舎の方角を指差した。日差しの反射で耳元のピアスがキラリと光る。 「愛紗ちゃん、行きたい高校に受かって、友達がいっぱいできて、毎日楽しいって、よく話してくれたでしょ……だから、せめて……」  さぁっと風が吹き、花びらが私達をかすめていった。 「……あたしね、愛紗ちゃんのことを尊敬してるんだ。今でもね」  よく見ると、姉の目が少し腫れている。もしかしたら、朝はもっと腫れていて、目元を冷やしてから、私を連れ出したのかもしれない。あれから一年が経とうとしているのに、まだ毎晩泣いているのか。 「愛紗ちゃんはさ、弱音を言わずに、いつも頑張っていて、ほんとすごかった。受験だって、病気と戦いながらも努力して、合格して、これからだったのにね……」  少なくとも、私は想われている。  はぁ。仕方ない。好きにさせてみよう。これが、姉のなぐさめになるのなら。 「きゃははははっ」  予期せず、大きな笑い声が後ろから聞こえてきた。センチメンタルな空気がぶち壊しだ。  後ろを振り向くと、姉と同じ制服を着た女子生徒が五人。彼女らは芝生の上に敷いた銀のレジャーシートに座って、お菓子を食べていた。放課後にお花見かな?度胸がすごいから、きっと陽キャだろう。 「あっ!有紗(ありさ)会長だー!こんにちはー!」  集団の中にいる女子生徒の一人がこちらに気づき、元気よく挨拶をする。つられてまわりの生徒も次々と挨拶をする。みんな茶髪だ。 「こんにちはー」  姉が振り向いて挨拶を返すと、キャーとかワーとかいう歓声があがる。  さすが人気者。というか、二年連続生徒会長をしているのか。骨壷荒らしのくせに。 「みんな何年生ー?」 「新二年生でーす!」  私が生きてたら同学年かー……まって。嫌な予感がする。 「じゃあ、愛紗……私の妹のこと知ってる?」  姉がみんなに問いかける。予感的中。余計なことするなよ。でも、一学年九クラスもあるし、知っている人がいるわけないか。 「あっ私、同じクラスでした!一年の時」  最初に挨拶をした子が手をあげる。うそ。もうダメだ。 「えっ、妹の友達だった?」 「いや……というか」  春風が吹き荒れる。 「妹さん、友達いなかったと思いますよ。いつも一人でした」  結局……姉は、私を桜の樹の下に埋めなかった。  真っ暗な部屋。姉は布団で寝ている。私の灰は、勉強机の鍵つき引き出しの中にしまわれた。隠し場所がベタだなぁ……  あれから、恐ろしくて、姉の顔は見ていない。あの子達の前では平然としていたけれど、帰ってきてから「夕ご飯いらない」と言ったきり、自室に閉じこもってしまった。  生前は上手く隠し通せていたのにな。学校での姉は忙しくて、別校舎にいる私をかまう暇は無かったからだ。  でも、ついにバレてしまった。ずっと嘘をついていたことが。休みがちで人見知りの私に、友達なんかいるわけないし、学校も楽しくなかった。  姉のことだから、さらに私をあわれんでいるのかもしれない。優秀な姉に嫉妬して、見栄をはっていた私のことを。  全身が羞恥心に支配される。あんたのせいで、みじめな思いをしたんだ。やつ当たりくらいしてもいいだろう。眼力をこめて寝ている姉を見つめる。 「……ッ!?」  ビクッと体を痙攣させ、動かなくなる姉。目を閉じているが、呼吸の音がうるさいので、意識はあるようだ。  金縛りにあいながらも、姉はおそるおそる口を開く。 「あ……愛紗ちゃん……?」  怖くはないのだろうか。幽霊に話しかけたせいであの世に連れて行かれるみたいなホラー、見たことない?ま、私にそんな力はないけど。 「ごめんね……遺灰を盗むなんて、バチあたりなことをしたから、怒ってるんだよね……?」  そこはどうでもいいよ。いや、倫理的にはどうでもよくないが。 「それに……」  あ……私が死んだばかりの頃、よく見ていた顔だ……涙でグチャグチャになっている。 「学校で……ひとりぼっちだったこと、気づいてあげられなくてごめんね……愛紗ちゃんは弱音が言えない子だってわかっていたはずなのに……」  あぁもう。そういうところがキツイんだよ。  力をこめる。姉はもっと苦しそうに顔を歪めた。それでも必死に言葉をつむぐ。 「あたしに心配かけないように黙ってたんだよね……愛紗ちゃんは優しいから……」  は?  え。何、美化してんの?私、そんな良い子じゃないんだけど。 「殺したいなら……いいよ。愛紗ちゃんに会えた今なら、死んでもいい……」  なんだよ。  どんだけ私のことが好きなんだよ。このバカ。いや、愛情を疑っていたことのある私の方がバカみたいだ。  死んでもいい、なんて。勝手なこと言わないで。死んじゃうほどの苦しみも知らないくせに。  私は、姉に取り憑いた。 ⭐︎ 「三十八度七分……今日は学校休みなさい」 「うん……」 「私もパート休めるか、聞いてみる」 「ありがと……」  冷却シートをおでこに貼り付けた姉は、ダルそうに布団にもぐる。私のせいで身体にダメージを負ったみたいだ。  あれから一晩中、私は姉の体を使ってスマホを操作していた。人に取り憑くのは初めてだったから、慣れなくてかなり時間がかかってしまった。  ポコポコと姉のスマホが鳴り続ける。欠席の心配をするクラスメイトからのメッセージだろうか。さすが人気者。 「ん……」  少しだけ起き上がって、スマホの通知を確認しているみたい。そのまま気づいてくれないかな。姉はホーム画面を整理整頓するタイプだから、すぐ違和感に気づくはずだ。 「ん……?なにこれ……?こんなのいれたっけ……?」  それは、とあるサイトのショートカットだ。私が昨日、ホーム画面に追加した。 「遺灰から作るピアス……の販売サイト?」  死期を悟って、色々調べていた時に知ったサービスだ。受験が終わってから、バイトでお金を貯めて頼めばいい。  どうやら、あなたの思い出の中で、私は美しく咲き誇っているらしい。だったら、姿まで美しくなって、あなたを彩ってやりたい。  あれから一年。私はまた、姉と一緒にお花見をしている。今度は耳元で揺られながら。  今さら気づくなんて、バカみたい。未練いっぱいで、これじゃあ成仏なんて難しそうだ。  本気で伝えてあげればよかった。本当は、お姉ちゃんのことが、大好きだって。
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