乾杯

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この町の中央にはだだっ広い公園がある。 緑の絨毯よろしく辺り一面を覆う芝生。 その周りを囲むように立ち並ぶ桜の木。 いわゆる自然公園というやつだ。 幼い頃から、私はこの公園で仲間達と遊び、育った。 リーダーシップに溢れた頼れる男・オサム。 真面目な優等生のフリをしつつ、よく教科書に隠して漫画を読んでいたトシハル。 いかつい見た目とは裏腹に虫の一匹すら殺せないぐらいに優しい心をもつモトキ。 食いしん坊のムードメーカー・ダイゴ。 そして、これといった特徴の無い平凡な私。 ……否、私は平凡よりも鈍臭い奴だった。 内気でおどおどしていて、一歩間違えたらイジメの対象になっていたかもしれない。 そんな私を彼らは快く受け入れてくれた。 小学校、中学校をともに過ごした。楽しくかけがえの無い時間だった。 高校からはそれぞれ異なる進路を行くことになったが、それでも事あるごとに集まって笑い合ったものだった。 春先にこの公園で花見をするのも毎年の恒例行事だった。 子供の頃はお菓子とジュースで盛り上がっていた。 二十歳になる年には皆んなで一緒に缶ビールを開けた。 社会人になっても、必ず5人全員で都合を合わせてこの場所に集まった。 あの日も、美しく咲き誇る満開の桜の木の下で酒を飲み、笑い合った。 私たち5人はいつまでも、爺さんになってもこうやって過ごすんだろうと思っていた。 何の疑いもなく当たり前のようにそう思っていた。 そんな花見を楽しんだ翌日のことだった。 突如として降って湧いた大いなる災いによって、私の世界は一変した。 それは私が住んでいた町を一瞬で壊滅させた。 瓦礫と化した町並み、あちこちから響く悲鳴と怒号、容赦なく吹き上がる火の手…… 楽しい時間を過ごしたあの公園には、数多の犠牲者たちが横たわっていた。 美しかった桜は焼け落ちてただの黒い塊になっていた。 そんな地獄絵図の中に、仲間たちの姿を見つけた。 無惨な姿だった。 受け入れられない現実を前に、ただただ茫然とするしかなかった。 そんな私の手を引っ張ったのは妻だった。 彼女に促されて我に返り、私はこの地から逃げた。 命からがら必死に逃げ延びた。 妻のお腹の中には子供がいたのだ。 こんな状況でも守るべき家族がいる──だから私は仲間達の後を追うことが出来なかった。 歯を食いしばって生き抜いた。
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