事故物件

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 思えば長かった。  この部屋は事故物件。ここに住もうという人は、全然現れなかった。  もっとも、事故物件になった原因は、わしなのじゃが。  ある日、胸に痛みが走ったかと思ったら、わしは目の前に倒れている自分自身の姿を見下ろしていた。  何が起こったのか、わからんかった。  じゃが、倒れている自分自身の体は、いつまでたっても動かず、やがて、醜く溶け始めた。  これを見て、わしは死んでしまったということに気が付いた。  醜く腐敗した体は、業者によって回収された。その後、どうなったかは知らんが、きっと火葬場で燃やされて、お骨になったのじゃろう。  腐敗した体から出てきた液体が、床に染みついていたから、張り替えることになった。わしに子供はおらんが、(おい)っ子ならおる。じゃから、請求は甥っ子の方にいったじゃろうなあ。申し訳のないことをした。  そんなわけで、ここは事故物件となった。  ……さて、人は死んだらあの世に行くものと思っていたが、今もここにいるのは、なんでじゃろうな。  心当たりはある。  人生がつまらんかったからじゃろう。  定年まで平社員で安月給。根本的に昇進が望めない会社じゃった。「そんな会社に就職したお前が悪い」とか「転職すれば?」とか言う奴がいそうじゃが、やっとのことで採用された会社じゃったし、それに、転職といっても、そう簡単にできるものとは思えなかったのじゃ。  安い給料故、家庭を築き上げて養っていくことなんて、できるとは思えんかったし、それ以前に女性との縁もなかった。  そんなわけで、独身のまま。  言うまでもなく、貯金がいまいちじゃったから、定年後は人材バンクに登録して働いた。  じゃが、寄る年波には勝てないのか、やがて体調不良で休みがちになり、働くのをやめてしまった。  そして、現在に至る。  わしに悠々自適な老後なんてなかった。  まさに灰色の人生じゃった。  じゃが、そんなわしにも楽しみがやって来る。  あの女子という楽しみがな。
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