満開アクアリウム

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 職場の同僚達と花見に行った時、犬を連れている花見客を見かけた。犬の気持ちがどんなものなのかは分からないが、飼い主も犬も桜の下を楽しそうに歩いていた。地面に顔を近付けた犬の鼻先に花びらがついてしまって、飼い主は笑いながらその写真を撮っていた。  微笑ましい光景だった。ペットと共に花見をするのもいいかもしれない。俺もうちの子と一緒に公園へ出向こうか。きっと楽しいだろう。  しかし、うちの子を外に連れ出すのは難しそうだな……。  先輩は何か動物飼ってますか? と後輩に訊ねられた時、俺が気味の悪い笑みを浮かべながら見せた写真を前にして後輩は微妙そうな表情になっていた。失礼なやつめ、こんなにかわいいのに。  本日の労働を終え、買い物も済ませて帰路に着く。  途中、近所の公園に立ち寄った。宴会をしながら花見をできるような大きな公園ではないが、ここにも桜が綺麗に咲いている。歩きながら桜を眺めて公園を過ぎ、少し行くと我が家が見えて来た。築数十年のアパートだが、思ったよりも綺麗で気に入っている。大家さんも住人もいい人ばかりである。  階段の前に大家さんが立っていた。手には小さなバケツを持っていて、枝のようなものがバケツから顔を出している。 「大家さん、こんばんは」 「あら、お帰りなさい。丁度良かったわ」  おすそ分けよ、と言ってバケツから差し出されたのは桜の花が付いた枝だった。長さは二十センチもなさそうだ。 「どうしたんですか、これ」 「お友達の家に桜があるんだけど、烏とか鳩とか、なんか鳥とかにいたずらされて小枝がいくつか落ちちゃったんですって。せっかくだから貰って来たのよ。皆さんに配ろうと思って。このくらいの大きさならお部屋に飾れるでしょう? そろそろ誰か帰って来るかもと思って外の様子を見に来たら、タイミングばっちりね!」  あまり長くはもたないだろうけど、と大家さんは言う。この大きさならジャムの空き瓶に水を入れて挿しておけばいいかな。少しの間だけでも桜を見られるならそれでいいや。  俺は感謝の意を述べて、大家さんから桜の枝を一本受け取った。この枝があれば一緒に桜を見られる! 「ただいま~。サクラ、ただいま~。お土産があるぞ~」  弾む足取りで帰宅した俺の声に特に反応は示さずに、サクラは水槽の水の中で口を半開きにしていた。共同生活を始めて数年になる俺の相棒、サクラ。友人が育てていた個体が卵を産み、孵化した赤ちゃんを譲り受けて我が家へやって来た。薄ピンク色の体につぶらな黒い瞳がキュートなウーパールーパーである。  スーツから部屋着に着替え、台所に置いてあったジャムの空き瓶に水を汲む。桜の枝を挿して水槽の横に置いてやると、サクラが興味深そうに軽く立ち上がった。 「サクラ、今日はお花見だよ」  サクラは水槽の壁に両手を添えてどこかを見つめている。そして、しばらくふわふわと動いてから俺の方を向いて止まった。 「ご飯用意するからね」  小さく口を開けたサクラに笑いかけて、俺は台所へ向かった。先程買って来たものや作り置きしていたもので夕食を準備する。明日は休みだから酒も飲んじゃうぞ。  料理と缶ビールを手に居間に戻ると、サクラはジャムの空き瓶をぼんやり眺めていた。ウーパールーパーは特別目がいいわけではないから、彼女がどこまで桜のことを理解しているのかは分からない。けれど、こうして一緒に桜を見ている気分を味わえるのは俺にとっては幸せなことだ。 「今週もお疲れ様って自分のご褒美に買って来たんだけど、サクラにもあげるよ。ご馳走食べて素敵なお花見にしような」  マグロの刺身をひとかけ水槽に落としてやると、サクラはほどなくして刺身を口に含んだ。桜を水槽の横に置いてやった時よりも明らかに反応が早い。 「ははは。やっぱりサクラは花より団子か」  俺は缶ビールを開ける。たった今からこの小さな一室はお花見会場だ。 「今日も綺麗な(サクラ)に、乾杯!」
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