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「貴様の足はいわゆる粉々だ。完治までには時間が掛かる。動けるようになったら除隊になるが、最低一ヶ月はギプスは取れない。暫くは医務室で俺の手伝いをしろ。」
この園井少尉という男は随分横暴な軍医だ、と小田は思った。
「医療の知識なんてないんですが。」
「工学部志望だったそうだな。なら薬のラベルくらい読めるだろ?手先も器用そうだし器具の手入れくらい出来るだろう。」
園井が指差す薬の保管棚にはドイツ語のラベルが貼り付けられた瓶が並んでいた。
「座って出来る仕事だ。俺も雑事が減ると助かる。」
まずは、とハサミやメス、鉗子などの医療器具と消毒液、ガーゼや手袋がテーブルの上に並べられた。
苦虫を噛み潰しながら一つずつ手に取って作業していく。
園井は積み上げられたカルテを確認しながら何枚か抜いて鞄に詰めている。
暫くすると白衣のポケットに手を突っ込み、ピタリと止まった。そのまま顔を上げ壁時計を確認しながら「軍需工場に健診行ってくる。」と立ち上がった。
目が覚めてから3日経った。
軍医は医務室にいる時間が殆ど無いに等しかった。
次から次へと送り込まれてくる特攻の搭乗員達の健診や基地内の兵達、軍需工場で働く軍属達の怪我や病気、時には地元民まで診ているらしい。
その他にも受け持ちがあるらしく、戻ってくるのは深夜だ。
医務室に置いてあるもう一台の簡易ベッドに靴を脱ぐとそのまま毛布をひっつかんで寝転がっている。
しかもまだ夜も明けきらぬうちに起き出して仕事の準備をしているのだ。
ーーいつ寝てるんだよ
毛布にくるまりながら小田はため息をついた。
「俺今、医者の不養生を目の当たりにしてます。」
「俺、医者じゃないし。」
「は?何言ってんですか、園井軍医殿。」
渡されたカルテを棚に整理しながら小田が鼻を鳴らした。
笑いながら夕食を受け取りに園井が医務室を出ていった。
暫くするとノックとともに整備兵が入ってきた。
「失礼、園井少尉はおられますか?」
「今食堂に向かわれました。」
整備兵はしばし思案した後、「小田伍長、ですよね。ではこちらを少尉にお渡し頂けますか?隼の保守点検結果です。」と帳面を渡してきた。
「何故軍医殿に?」
小田の問に整備兵が不審な顔をしたが、すぐにああ、と声を上げた。
「小田伍長は特攻で10日前に基地に来られたんでしたね。彼は軍医ではなく軍医助手です。今この基地は軍医不在なんです。前任は5月に神奈川基地に転任になり、後任が来るまで少尉が中継ぎをしているんです。
彼は陸軍航空隊所属でこの基地随一のベテランパイロット、というか守護神です。隼は彼の愛機なんですよ。」
「パイロット?」
「はい。本当は医大生で本来医師免許も取れるんですが固辞してるんです。前任の軍医殿が園井少尉の先輩で、去年の夏、少尉が基地に着任した時、人手が足りないから助手をしてほしいと頼み込んだそうです。お陰で少尉は二足の草鞋でお忙しく。」
整備兵は園井に心酔しているらしく、その後もいかに彼が優れたパイロットであるかを語り続けた。
しかし小田はその間別のことを考えていた。
医大生は工学部学生と同じく徴兵猶予じゃなかっただろうか、彼の兄の様に。
二人分の弁当を持って戻ってきた園井に、小田はベッド上で出来うる限り頭を下げた。
詳細を聞いた園井は「まあそういうわけだから軍医って呼ぶなよ。」と弁当を小田の前に置き代わりに帳面を受け取った。
「なんで軍医にならないんですか?」
軍医になれば戦闘機に乗らなくていい。少しでも危険回避出来る。
園井は答えず椅子に座った。
いつものようにポケットに手を入れそうになり……止めた。
「あの。それ、直しましょうか?」
驚いて振り返った園井に小田は頭を掻きながら言った。
「ポケットの中のもの、懐中時計ですよね。止まってるんでしょ?」
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