6人が本棚に入れています
本棚に追加
1
眼の前に友軍機が迫る。回避しようと操縦桿を右にいるが200キロを超える爆弾を積んだ機体は重く思ったとおりに動かない。ギリギリで旋回し隊列から離れると無理が祟ったのか機体が落ち始めた。目の端に軍需工場が映る。このまま落ちれば爆発に巻き込んで大炎上だ。顔を上げ、操縦桿を力いっぱい握りしめる。せめて海に落とさないと。沖縄に向かう同胞たちの顔が浮かぶ。
ーー俺の分まで頼む
水面が迫る。今度は父の顔が浮かんだ。
ーー時計職人、なりたかったな
小田の意識はそこで途切れた。
白熱灯が眩しくて目を瞬いた。
「やっと起きたか。」
男の低い声に驚いて飛び起きようとしたが、体が思うように動かない。
すっかり覚醒した小田は、ツンと来る消毒臭に思わず顔を顰めた。
「あの墜落で右足一本で済むとは、貴様の技術は神業だな。」
見下ろせば体中包帯だらけの上、右膝下はギプスで物々しく固められていた。
「3日意識不明だったぞ。」
声の方に顔を向けると陸軍の軍服の上に白衣を着た若い男が立っていた。
軍医だろうか。
一週間前ここに着任した時に小田達を検診した軍医は初老の男だった。
墜落してから3日。ということは今日は5月29日。
「友軍は、沖縄戦はどういう状況ですか?戦果は?」
「落ち着け。戦果は……報告がない。」
ならば同胞たちは。
行き着く結論に嗚咽が漏れた。
「なんで助けたんだ!俺も、皆と一緒に」
逝きたかった、と小田が言い切る前に右頬がパンと鳴った。
その勢いでベッドが寄せられていた壁に強か頭をぶつけた。
「折角拾った命を無碍に扱うな。生き残った者には生き残った者の役目があるんだ。」
細くて長い指が小田の頭を枕に押し付け、同時に鼻にガーゼを当てられる。
「もう少し寝とけ。」
ぽんぽんと軽く頭を叩かれているうちに、再び意識が遠のいていく。
「……貴様らの無念は俺がもらうから。」
男の口からこぼれた呟きは既に麻酔薬で意識の底に沈んだ小田には届かなかった。
最初のコメントを投稿しよう!