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 木に触れている手にぐっと力を込める。出来もしないくせにわたしの力だけで木を押し倒してしまいたかった。それが出来ないのなら、わたしの指なんて折れてしまえと。ただ、物に当たりたいだけの、八つ当たり。  わたしの中のサキが薄れていってしまう。手が届かなくなってしまう。  名前は思い出せる。顔も、写真があるから思い出せる。でも、思い出にしか残っていない、わたしを呼んでくれている声は? サキにもたれかかった時の匂いは? 手を繋いだ時の体温は? これは確かなものなの? それとも、わたしのイメージで作り出した幻なの?  何も、分からない。 「でもね、分かったこともあるんだ」  ぐっと喉に力を込めて、唾を飲み込む。目頭が熱くなり、涙が溢れそうになってしまう。 「サキの居ないつまらない日は、これからもずっと続くんだね」  わたし一人で花見なんて絶対に行かなかった。年に数回しか無い、サキからお願いされて外に出る日だから行っていただけ。サキと一緒だから楽しかった。  それなのに、サキの居ない世界がこれからずっと続く。人生最後の日まで。それが明日なのか、百年後なのかは知る由もないけど、それがただただ辛い。  持ってきていた小さな台を木の根元に置き、台に乗って、手の届く範囲で太い枝に輪っかに括ったロープを結んだ。  サキのくれた手帳を抱きしめて、輪っかの中に首を通す。 「サキも一人で淋しいよね? これは、合ってる? それとも間違ってる?」  当然、返事なんて無い。 「喜んでくれると、嬉しいなあ」  少しだけ力を込めて、足元の台から一歩踏み出す。  瞬間、首にロープが食い込む。衝撃でわたしの口から「ぐうぅっ」とこれまでの人生で出したことのないうめき声が漏れる。苦しみから逃れようとしているのか、自分の意志とは関係なく手足がバタバタと動く。手帳なんて持っていられるはずもなく、地面に落ちた。  苦しい、苦しい、苦しい。死ぬのってこんなに苦しかったんだ。  視界の端っこで手帳のページが開いているのが目に入った。 『カナ、あなたのことが嫌いだった』
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