4人が本棚に入れています
本棚に追加
1.
「うわあ」
眼の前に広がる光景にわたしは息を呑んだ。
数本の桜の木に満開の桃色の花。舞い落ちる花びらが地面を覆っていて、視界のほとんどが桃色に染まる。
適当に場所を探して、レジャーシートを広げて座る。特に場所取りなんてしていないけど、桜の木の真下という絶好のポジションが開いていた。
テレビではお花見シーズン到来。なんて言っていたけど、ここはあまり関係ないらしく、辺りを見回してもほとんど人は見当たらない。それは、交通の便の悪さから、地元の人でもあまり来ない隠れたお花見スポットとなっているからだ。
神社の敷地内だからか騒ぐ人も殆どいなくて、静かで居心地が良い。
まあ、わたしは騒がしいのも嫌いじゃないけど。
「毎年来てるけど、今年も綺麗だねえ」
のんびりと言う。誰も答えてくれない。
「お花見と言えば、これだよね」
言いながら、わたしは持ってきていたコンビニの袋から、おにぎりやお菓子、ペットボトルのジュースを取り出し、レジャーシートに広げた。
しかし、ここまで袋を持ってきた重さからも思ったが、どうも買いすぎたらしく、わたしが食いしん坊に見えてしまうような量になっている。
「多すぎた、かな? いつもサキが用意してくれてたから分からなかったよ。もう、こういう事こそ書いといてよ」
カバンの中からうさぎのキャラクターの書かれた表紙の可愛らしい手帳を取り出す。表紙のせいで小さな子供向けに見えるけど、割とページ数の多いしっかりとした物だ。ページを捲りながらお花見の持ち物が書かれた箇所を探す素振りをしたが、すぐに手帳を閉じた。
書かれてるはず無いのは開かずとも知っていた。だって、中身は殆ど覚えてるもの。
「さ、お花見始めよっか」
気を取り直すため、わたしはぱちんと両掌を合わせた。
頭上の空を隠してしまうくらい広がる桃色、風に舞い踊る花弁、遠くに見える青空、楽しそうに遊ぶ親子を眺めながら、おにぎりやお菓子を食べ始める。
しかし、
「……飽きた」
意気込んだものの、ものの数分ですることが思いつかなくなり、すぐに手を止めてしまった。元来、こういった静かなイベントが好きなのはサキであって、わたしは体を動かすほうが好きなのだ。
レジャーシートを丸め、荷物をカバンに詰め込む。
帰り際、坂道に差し掛かると、遠くにわたしの通っている中学校が目に入った。スマートフォンで時間を確認すると、そろそろ十一時になるところだった。
「今、集まってるのかな? それとも、もう終わってるのかな?」
呟いてから「臨時集会だっけ」と付け足す。
昨日の夜、担任の教師からの連絡で、今日の十時から学校で行われることを知らされた臨時集会。今日から四月。春休みも中頃だっていうのに集まらないといけないだなんて、真面目な生徒からしたら災難だったろう。
どういう目的の集まりなのか明言されなかったけど、わたしは予想がついているし、耳の早い生徒なら事情を知っているかもしれない。
なぜなら、
「馬鹿みたい。あんな所に、サキが居るはず無いのにねえ」
少々の嫌味を込めながら、わたしは吐き捨てる。恐らく、先生の長ったらしい話題の内容はサキが先日自殺したことについてだろう。
「サキはちゃあんとここに居るんだもん」
カバンからさっき仕舞ったばかりの手帳を取り出し、太陽にかざしてみる。眩しい。
そう、サキはここに居る。サキが生前言っていたことも、周りには言わずにわたしにだけ言ってくれていたことも、全部この手帳に書かれている。
この手帳がサキの全てで、サキはあの学校にも、先日の葬儀にもお墓にも居ない。ここにだけ、わたしの持っている手帳にだけ存在している。
「明日も来ようね。サキ」
誰も返事をしてくれないことに、少しばかりの虚しさを感じながら、わたしは家路についた。
最初のコメントを投稿しよう!