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さくらの勢いに只々圧されるように、去っていくさくらの背中に向かって歯切れの悪い返事をしてみる。
“手上手く振り返してあげられなかったかもな…。”
さくらとの別れ方に少しの後悔を残しつつ、今日も今日とて一日を終える。ただ、今日はいつも見下ろす街の景色が何か少し違って見えたような気がした。
◇◇◇
世間では春を感じさせる言い回しとして屡々「花の便り」という言葉が使われるらしい。まさにここ最近の雰囲気を表すには最適な言葉だと思う。ほんの数週間前まで連日雪が降っていたなんて嘘のように、今では冬枯れしていた植物たちの大半が芽を付けあたり一帯を緑に染め上げている。ただし、この場所を除いて。
「――お父さーんっ、早く早く~!!!!」
僕の後ろの方からなにやら聞き覚えのある声がする。
“あぁ、もうそろそろ来てくれると思ったよ…。”
「お父さんっ!あれ、あれがそうよねっ?!ううん、きっとあれがそうに違いないわっ!!桜、私の名前と同じ木!!!」
「あぁ、凄いな…」
そこには、満面の笑みでこちらに駆け向かってくるさくらとお花見道具一式を抱えゆっくりこちらに向かってくる父親の姿があった。
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