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 仕事から帰って来る両親に見つからないよう、16時~18時の時間帯を選択した。念願だったそれを今日受け取るのだけれど、両親には秘密にしておきたいからだ。  暁生は学校の終礼が終わると、脇目もふらずに帰宅した。16時を回ってしまったけれど良かった、まだ不在通知は入っていなかった。アプリで確認すれば配達途中となっていてほっとする。  ほっとしたらうっかり忘れそうになって、慌てて米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れた。共働きをしている暁生の家では、米を炊くのは暁生の係だ。  宅配便が来るまで自分の部屋で待つのだけれど、時間の経つのがいつもより遅く感じられる。暁生は引き出しの奥から一冊の本を取り出した。 「男の着物読本」  暁生のバイブルだ。著者は柴田啓之。街の本屋で見つけた、男性着物について書かれた本だった。  本当はもっと男性が着る着物について書かれた本がたくさんあるのは知っているけれど、自宅の本棚に着物の本がたくさんあったら、両親はきっとびっくりするだろう。  悪く言われることはないだろうけれど、暁生自身が、それをおおっぴらにするのが怖かった。  暁生は自分のやりたいことや希望を主張するのが苦手で、周りからはおとなしい、引っ込み思案だと思われている。学校の先生からも、いつも「もっとはっきり自分の意見を主張しましょう」なんて言われてきた。  決してやりたいことがないわけではないのだけれど、それを相手にどう思われるかが気になって、どうしても口にすることができない。  そんな暁生にも叶えたい夢がある。そっと本のページをめくった。今日はどうしてだろう、何度も読み返しては楽しい気持ちになっている本が、ちっとも頭に入ってこない。  17時25分。ピンポン鳴ったチャイムの音に暁生はどきっとした。ふう、と深呼吸をして玄関へ向かう。 「はい」 「宅配便です」 「ご苦労様です」  荷物を受け取り、鍵を閉める。ドキドキとはやる心を抑えて部屋に戻り、丁寧に梱包を解いた。中から出てきたのは、中古品とは思えない手触りの、紬のアンサンブル。  暁生の夢は、着物を着て街を歩くことだ。
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