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桜の樹の下には肥料が埋まっている
「──じつに見事な桜ですね。このように美しく育てるのに何か秘訣はあるんですか?」
新聞記者をしている私は、満開の桜が咲く山を前に、とある桜守の翁に尋ねた。
ちょうど桜が満開を迎える今日この日、春独特のぼんやりとした霞と、甘酸っぱい花の香りが満ち満ちたこの山で、私は翁に取材を行っているのだ。
この山は、造園業を営む翁が商品でもある桜の樹を育てている場所だ。
「そうじゃのう……やはり、自分の子どもであるかのように、丹精込めて育ててやることかのう」
私の質問に、自ら育てた桜の樹々を見渡しながら、翁は考え考え、そう答える。
「あとはまあ、肥料が重要じゃの。特別な肥料が必要なんじゃ…ああ、それがどんなものかは企業秘密じゃぞ?」
さらに続けてそう語った時、ちょうど一台の軽トラックが私達の背後まで来て止まった。
そのエンジン音に振り向くと、運転席からはアロハシャツを着た金髪の若い男が、助手席からは黒いスーツを着たサングラスの中年男性が降りてくる。
「おやっさん、また肥料ができたんで持ってきたぜ?」
スーツの男は、つかつかとこちらへ近づいて来て、そう翁に告げる。
「ああ、いつもすまんの。今、お客が来てるんで倉庫の中へしまっておいてくれ。後でわしが樹にくれておいてやる」
「チッ…部外者か……ああ、わかった。おい! おろして裏へ運ぶぞ!」
その問いに、そんな言葉を穏やかな声で返す翁だったが、それにいたく不機嫌そうな舌打ちをしたスーツの男は、何やら小声で呟いた後に金髪の男へ向かって怒鳴るようにして命じる。
「へい。了解っす……」
そして、この間にもすでに荷台へ登っていた金髪の男とともに、ブルーシートでぐるぐる巻きにされた長細い包みを二人して降ろすと、その両端をお互いに持って、えっちらおっちら倉庫の方へと歩いて行った。
あれがその秘密の肥料というやつか……いったい中身はなんなんだろう? あの大きさ、ちょうど人間一人をシートで巻いたようなサイズ感である……ま、まさか、あのシートの中には……。
思わず怖い妄想を思い浮かべてしまっていたその時、ポタリ…と何か赤黒い色をした小さな雫が、シートの隙間から地面へと滴り落ちるその瞬間を俺の眼が捉える。
「企業秘密なんで、くれぐれも詮索は無用で頼むぞ? おまえさんも肥料になりたくなければの。ふぉふぉふぉふぉふぉ…」
唖然と固まってしまっていた俺の顔を覗き込み、そう言った翁は愉快そうに声を出して笑う……だが、その眼は笑っておらず、殺人も厭わない本職の人達と同じ色をしている。
桜の樹の下には屍体が埋まっている……それは、梶井基次郎が小説『桜の樹の下には』の中で、その花の美しさを説明するために主人公に言わしめた台詞だ。
だが、ここではその名台詞が比喩表現ではないのかもしれない……。
なぜ、翁の育てる桜が神秘的な雰囲気を辺りに撒き散らし、こんなにも人を幻惑させる後光のような美しさを身に纏っているのか? その秘密がよーくわかったような気がする……そして、あまり商売っ気がないにも関わらず、こんなにも広大な土地を自由に使って、悠々自適に桜の世話をして暮らしていけるのかも……。
しかし、世の中、知らない方がいいことというのもある……口は禍のもと。言わぬが花である。
私はそれ以上の詮索はせず、これで取材を終えることにした。
(桜の樹の下には肥料が埋まっている 了)
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