信号待ちの桜

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 八束さんは同期で同僚で、同じ部署だけど仕事以外の話をした回数は多くない。  彼女は誰にでも分け隔てなく線を引いている感じの人で、親しくしているように見える相手にでも敬語は崩さない。飲み会に出るのは強制参加に近い忘年会の時くらいで、一次会が終わると同時に姿を消している。そういう人だ。  浮いた噂は聞いたことがない。性格通りの見た目と言っては失礼だが、化粧は必要最低限で、髪は真っ黒。ちゃんとすればもっと見栄えするだろうにと考えている人は多いはずだ。  数少ない雑談は何を話したんだったか。確か、俺の鼻唄を聞いた八束さんの方から声を掛けてくれて。それで、生まれて初めて買ったCDの話になったんだ。 「いい曲ですよね。ドラマの内容とかけ離れてるようでいて、心情はちゃんと繋がってるんですよね」 「あれ? なんのドラマでしたっけ」 「アネモテって題名の、四人の女の子たちが閉じ込められた孤島から脱出する話ですよ」 「あ、あれ好きだった! 昔のドラマって結構トンチキでおもしろかったんですよね! 倫理観吹っ飛んでて」 「トンチキって。でも、そうですね。今は放送できないでしょうね。特に土曜の枠は――」  好きなものについて話す八束さんは目が輝いていて、すごく楽しかったんだ。仕事に忙殺されて忘れてた。俺、またゆっくりと八束さんと話したいってずっと思ってたんだ。
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