1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「お花見したい」 「お花見?」 「あっ、でも外行きたくねえ」  早々に矛盾し始めた同居人が満足しそうなことを考える、考えようとする。 「じゃあテレビとかで見ればいいんじゃねえか?」  けれど結局俺が考えるより本人が考えた方が早いのだ。  ルームシェアをして数年、いや大学入るときにルームシェアを初めてそこからずっと一緒に暮らしてるんだからもう三年くらいになるか、友達付き合いという形なら高校入ったときからだからその倍、こいつとの関係はいつの間にかそれくらい長いものになっていて、だからこの雑談なんだか独り言なんだかわからないような会話もなれたものだ。けれど俺はこの思考の飛ぶ同居人のおしゃべりにできる限り付き合いたいと思っている。この思考のスピードに追いついて、追いこせたとしたら俺の糧になりそうだから。まあその頃にはやっぱり発想が違うなと思ってそうではあるが。 「でもテレビで見るのなんか違う気がするんだよな……」 「じゃあお前の花見に必要な条件ってなんなんだよ」 「……酒と弁当? かなと思ったけどこれもしかしてほしいの特別感かも」 「外行かずに弁当箱に適当に食べ物突っ込んで酒と一緒に食いながらテレビ見るか?」 「いいな、と言いたいところだがもしかして今食い物も酒も碌なのなかったんじゃないか?」 「ああ、そういえばそうだわ。じゃあ外行くしかねえな」  そんなこんなで結局行きのスーパーで酒と総菜を買って適当な場所で花見をした後帰りにもう一回スーパーに寄って数日分の食料を買い込むことになった、のだが。 「もう桜散ってるな」 「いつの間に……というかこの感じだともうテレビでもやってねえだろ」 「花見失敗だな」  俺たちがちょっと外から目を離した隙に桜はいつの間にか時期を過ぎていたらしい。いや俺はちゃんと外にも出ていたはずなんだが、花見をするという発想が全くなかったから近所の桜ですら意識の外だったらしい。 「お花見、って言葉には花の指定ないよな」  今度は何を言い始めるんだ。 「でも花と言えば桜みたいなやつ古文で出てこなかったか」 「いや現代なら外国から入ってきたいろんな花だってあるんだから桜だけが一番ってことはないだろ」 「まあ花と言えば桜だった時代でもほかの花だってあっただろうけどな」 「それならお花見に必要なのは今しかできないという意識じゃないか」 「ってことはやっぱり花見は失敗ってことになるんじゃないのか」 「いやそんなことはない、俺の中に今しかできないという意識が発生すればいいんだから……」  などと言いながらスマホをいじり始める。俺としては花見が失敗なら食料買い込んでさっさと帰りたいんだがこいつは自分の思いつきを話すまではスーパーに向かうこともないだろう。 「あっ、あったあった、こういうのあると思ったんだよな」  そう言いながらこちらに画面を向けてくる。画面には花育成アプリが表示されていた。 「これが?」 「いや、あると思ったんだよな、クラゲとかは知ってたし」 「俺はお前の考えてることがわかんねえよ」 「難しいこと考えてねえって、これで育てて花咲いたらお花見しようぜ」  そんな唐突な提案も面白いと思う、だからこいつとの友達付き合いが続いているんだろう。こういうわけわからないところを見て離れていくやつも多かったから。 「普通に花育てておんなじことしてもいいんだけどさ、やっぱ本物は命だし俺そんな責任は持てねえしさ」  などと言いながらスーパーに向かう。俺はこいつを気に入っているのだろう、多分俺自身が自覚している以上に。  それから数日して花見の日付が決まった。一回咲けば世話を忘れない限りずっと咲いているらしく今日ようやく咲いたので弁当や酒の用意を含めて日付を決めといた方がいいということになったから。 「俺が欲しかったのこのわくわく感かもしれない」  そう言って笑う姿は楽しそうだった。  卵焼きを作って冷食の揚げ物と一緒にこれでもかと弁当箱に詰める。何なら蓋が閉まらなくてもいい、どうせ家でやる花見だから。炊いておいたご飯をおにぎりにしていく。食べきれなくてもおにぎりの形で冷凍しておくことができるから作りすぎてもいい。  全部の準備を整えて、机に弁当を広げて酒も置いて、それでこいつのスマホで育成アプリを開けば。 「あれ、枯れてる」  そのときのこいつの顔に違和感があった。しょんぼりしている、落ち込んでいる、言葉にすると違和感なんてないはずなのに、いつものこいつとは何かが違うと思った。 「まあ仕方ないか、食べようぜ」  空元気で笑って見せるこいつにはもう違和感なんてなかった。  数日経ってあのときの違和感を反芻する。数日経ってもまだ、と言うべきか。俺はずっと引っかかっている。俺は何が変だと思ったんだろう。  あの後は弁当を全部食って酒も全部飲んで、どっちも食いすぎ飲みすぎでその日はぐったりしていた。花見は来年ちゃんと外の桜を見ようということに決めた。やっぱりアプリの花はなんか違ったらしい。俺だってそう思う。  ぴこん、と音がする。俺のスマホの通知だ。画面を見る。通知で画面がついてすぐに消える、その一瞬見えた画面に『たすけて』という文字が見えた気がした。慌ててスマホを持ち上げる。通知は見当たらない。見えたはずの通知を思い返す。アプリアイコンはあの花育成アプリじゃなかったか、そんなはずはない。だって俺はあのアプリをインストールしてなんかいない。  嫌な考えが頭を走る。あいつはあのアプリの花と入れ替わってしまったんじゃないか。だからあのとき花は枯れていた。入れ替わって、生きていられなくて枯れた。そんなバカな話はない。頭を振る。荒唐無稽でできの悪いホラーみたいだ。そんなことが現実で起こるわけがない。けれどあのときの違和感は。  そっとあいつを見る。今日も一緒に部屋で過ごしている。 「どうかした?」  俺の視線に気づいたあいつが聞いてくる。 「いや……そういえば、あの花どうしたんだ? あの花育成アプリのやつ」 「枯れちゃったし、あれから開いてない」  その顔にもう一度違和感があった。そうだ、本物の花は命だと言いながらそれと同じくらいアプリの花も気にしていたあいつがどうしてこんなにあっさりとしているのか。花見がしたいと言ったり、それ以前にも季節の行事を大切にしたり、テレビの脚色された感動もので素直に心動かされて泣いていたり、そういった普段の感受性豊かなあいつはあんなに手をかけていた花がバーチャルだからと言ってあんなにあっさりしていることなんてないだろう。  一度この思考に入ったらもう逃れられない。俺はこいつを疑い始めてしまった。 「なあ」  声をかける。あいつのいた方を向く、けれどいない。それを認識すると同時にスマホに通知が来る。『花が咲きました』
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!