世界で一番豪華な花見

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 私にとって最も贅沢な花見。それは、私が7つのときのある満月の晩のできごと。  当時私は、母と2つ下の弟と、6畳一間の古い2階建てアパートの2階の一番奥の部屋に住んでいた。ドアも窓も軋むし、冬は隙間風が寒かった。魅力は、格安な家賃だけ。  敷地内には、狭い庭に大きな2本の桜の木があった。大家さんのお母さんが生まれた時に植えたというそれは、樹齢110年を超えるものという話だった。  桜は八重咲で、毎年春に1本はピンクの、もう1本はクリーム色っぽい白色の美しい花をつけた。2階の窓からはその花の様子がごく間近に見えるから、満開の時季には窓を開けてその光景を楽しんでいた。  その7歳の年の4月のある晩、大停電が起きた。街灯も消えた暗い街を、母はたくさんの総菜を持って、夜のスーパーでの仕事から早めに戻って来た。 「停電でスーパーも店じまい。おかげで余った総菜をたくさんもらえたわ!」  よくないことの後にはいいことがあるものね、母はそう言って笑った。         ***  せっかくだから、桜を見ながら食べましょ。  そう言って、母や窓を開け放った。  私たち3人、窓辺で小さな宴会を開いた。満月の月灯りは思う以上に明るかった。満開の桜を見ながら、スーパーの見切品の焼鳥や卵焼きをほおばって笑い合った。見切品だけど、とても美味しかったし、特別な時間だと思った。   だって、いつもはいないお母さんがそばにいる!         ***  それからほどなくして私たちはアパートから引越した。数年後に通りかかるとそこにはもうあの古い建物は無く、7階建ての立派なマンションがあった。敷地を余すことなく使って建てられた新しい建物。あの桜たちは、もうどこにもなかった。         ***  お金を出せば、クルージングもグランピングも、王室との歓談もできなくはない。だけど、あの晩のあの花見だけは、どんなにお金を積んでももう二度とできないの。  美しい桜に美味しい食事、なにより、お母さんがそばにいた。  今も時々思い出す。あの幸せで贅沢な時間のことを。 FiN
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