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3. 描かせてほしい
「あたしもこんな風に描いてほしいわ」
ゆっくり顔の向きを直してナノの表情を覗くと、まず頬が紅潮してるのが分かった。目が見開かれて、瞳全体が金色にきらめいてる。
「姿絵は花をメインに描くから、横顔とか斜めの向きで描いてもらうの。正面の姿絵なんて初めて見たわ。でも、これがいい。私の覚悟は、正面の方が伝わる気がするの」
「……分かる」
ナノの言葉に同意するしかなかった。
それは私の初期衝動に似ていたから。
*
趣味の一つだった絵の道を目指したいと思ったのは、偶然見たテレビ番組でデューラーという画家について知ったときだ。
デューラーは自画像を描いた最初の画家と呼ばれている。
暗い背景の中央に描かれた男性の瞳は射抜くようで、テレビ画面が切り替わるまで目が離せなかった。
それまで正面で描かれるのはキリストなど聖人のみで、貴族を描いた肖像画でさえ、真正面で描かれることはなかったらしい。それに当時の人達はどんなに驚いたことだろう。
でも今は証明写真をはじめ真正面から顔を撮ったり描くのはよくあるし、違和感もない。
――絵筆で人を驚かせ、やがて定番になり、月日が経って歴史を知った人を再び驚かせられるような人になりたい。
思春期の自意識過剰と言われたらそれまでだけど、美大を目指し始めた頃までは私の中でくすぶっていた思いだ。
いつからか目の前の課題に精一杯で、評価の基準は大学に受かる絵が描けているのかどうかになっていたけれど。
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