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春の夜は、妙に心が浮き立つ。そわそわする。
命芽吹くエネルギーが解き放たれようとしているからだろうか。
その影響を、文明に溺れている"人間"という生命体でも、まだ感じ取ることができるからだろうか。
隼人の先導で、俺たちは前後左右を入れ替わり立ち替わりしながら、15分ほど歩いた。
ふいに曲がると、人ひとり分ほどの細い道を、ゆるやかに登っていく。登り切ると小さな公園のような空き地に出た。
空き地に奥に見えるのは、桜。
(・・・ここは)
数本の桜が、街灯1本に照らされ、夜空に浮かび上がるように花を咲かせていた。
ひらひら、はらり、と花びらも舞う。
「おー」
思わず、翔たちが歓声を上げた。
隼人が得意そうな顔をする。
「超穴場を教えてもらってさ」
「さすが情報屋」
調子よく翔が隼人を持ち上げる。
「でもほんと、ここ人も少ないしいいね」
健も褒める。
彩はずっと「きれい、きれい」と大はしゃぎだ。
桜の花びらが、白く、小さく、夜を舞う。
桜の木に近づいていく4人から、俺は少し離れて立ち止まった。
(どうしてここに連れてくるかな)
俺はこの場所を知っていた。
3年前、ここの桜が咲くのを一緒に楽しみに待った女性がいた。そして、桜が散ると同時に、その女性は消えた。年上の女性。恋愛なんてちょろいと思い上がっていた中学生の俺に、本当の恋の痛みを教えた、夢の人。
いま、どこでどうしているだろうか。ちゃんと、幸せになっているだろうか。
訳ありの、数週間だけの恋人。
桜の季節は、あの人のことを思い出し、チクリと胸が痛む。
同時に、自分のガキ臭さへの恥ずかしさも思い出す。
だから、花見は嫌いなんだ。
まだ、笑い話にはできない思い出。
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