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「都築?」
いつの間にか彩が目の前に立って、俺を見上げていた。
心配そうに覗き込んでくる。
「どうかした?」
彩にはこういうところがある。本人ですら気づいていない胸の痛みを気づかせるような、そんなところだ。
彩自身、記憶がない不安を抱えているはずなのに、彼女はいつも笑っている。幸せそうで、楽しそうで。
今ここにいることを、めいいっぱい感謝しているような、そんな明るさを持っている。
だから俺たち4人は、彩の記憶が戻るまで、面倒を見ることを厭わない。
俺は彩に笑いかけた。どんな女性も腰砕けにさせると評される笑顔だ。
「なんでもないよ」
「桜、きれいだよ。皆のところに行こう」
彩は屈託なく笑った。彩に俺の笑顔は効かない。
「彩ー、都築ー、早く来いよー」
隼人が呼ぶ。
彩が手を振った。
「はーい」
駆けだそうとした彩を、俺は背後から抱きしめた。
「都築?」
「・・・」
一瞬、消えていくあの女性と彩が重なった。舞い散る桜の花びらの中に、消えて行ってしまうような気がして、思わず引き留めてしまった。
彩の気配が腕の中に、ちゃんとある。
ひと呼吸おき、俺は彩を離した。
彩が俺を振り返って、不思議そうに見上げた。
「・・・彩は、消えないでくれよな」
思わず言っていた。
彩はにっこり笑った。
「そばにいるよ」
「そうだな」
俺は彩の背中に手を回し、隼人たちのほうへ向かった。
隼人たちと合流すると、「どさくさに紛れて彩にセクハラしてんじゃねえ」と怒られた。
「年長者に向かって、ほんっとお前ら偉そうだな」
「たかが1、2歳の差だろうが」
「都築はちょっと危なっかしいし」
「これで、街で噂の四騎士のリーダーとか、笑えるよな」
「お前ら出禁にするぞ。あの部屋は俺の部屋だって知ってたか」
「俺らが来なくなったら寂しいくせに」
「ああ、寂しいさ。でも彩がいるもんね」
「うわ、ヤバイ、彩、都築にはまじで気をつけろ」
「大丈夫、都築だもん」
「これって信用なの?」
「信用というより、完全に保護者扱いだな」
「まあったく、桜見ろよ、桜を。せっかくの夜桜」
俺は、隼人、健、翔、彩をそれぞれ見た。小さな桜の花びらが彼らの間を舞っていく。
目を細める。
彼らとは、まだ一緒にいたい。
いつまでいられるかわからないけれど、いられるうちは、全力で大事にしよう。
桜とともに消えたあの女性の時とは違う。
いつかはこの関係が変わると、わかっているから。
おわり
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