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自宅のマンションのベランダで、春の陽気を体いっぱいに浴びていると、隣りに健が並んだ。ぽかぽか陽気で眠たくなってきたところだった。
「桜、満開だな」
高校1年のくせに、妙に落ち着いた調子で健が話しかけてきた。
「そうだな。春だからな」
眼下の公園で、桜が白い靄のように広がっているのには気づいていた。
だが興味はない。
部屋の中から、ソファでくつろいでいる翔が会話に割り込んだ。
「都築ってば、ワイワイするの好きなくせに、お花見は嫌いだよなー」
翔は見た目通りチャラい雰囲気で、硬派な雰囲気の健とは正反対だ。だがこの二人は歳も同じなうえに、バイクいじりという共通の趣味があって仲がいい。
「俺にだって、好き嫌いはあるんだよ」
「うそくせー」
ケタケタと笑う翔の後ろで、彩は夕飯の準備をしていた。
健が肩をすくめて俺から離れ、彩の手伝いに行った。女子が苦手な健が、比較的普通に接することができる数少ない女子が彩だ。
彩は屈託ない笑顔で、冷蔵庫から取り出したキュウリを健に渡していた。
この自宅は都築がひとりで住んでいたのだが、仲間たちが自由に出入りし、好きに寝泊まりもしているため、ひとり暮らしをしている感覚はない。そして今は、記憶喪失の彩を住まわせている。名目上は家政婦、としているが、同年代に見える彩を家政婦と呼ぶには、若干無理があるかもしれない。
俺は、ベランダから部屋の様子を眺め、目を細めた。
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