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突然話しかけられたので驚きながら声の主の方を見てみると、楽し気な花見客の中に長身でさわやかなイケメン男子が立っていた。缶チューハイの何本か入ったコンビニ袋を携えている。僕が所属しているサークルの二年生の男子だった。つまり幹正先輩と同級生である。
「あ、はい……」
と喉から声を絞り出す。
「なんだ、来てたんだ。えっと…」
と先輩が僕の名前を思い出そうとする「そぶり」をする。しかし僕の名前が出てくる気配はない。
名前を覚えられてなくても怒りは感じない。だって僕もこの先輩の名前を知らないし。
お互いまともに話したことがないのだから当たり前だった。この先輩は顔がよくて、人当たりがよくて、清潔感があって、そして僕が入学してすぐに好きになった女の子をお持ち帰りしたという噂を聞いていたから嫌いだったし。
「どうしたんですか?」
と男子の後ろからかわいらしい声が聞こえてくる。
げっ。そこに立っていたのは僕が入学当初好きになった女の子、あやさんだった。
「ああ、こいつ、俺らのサークルの」
「あ、ほんとだ」
とあやさんは僕に微笑みかけてくれた。お酒を飲んでいるのか、少し紅潮している頬がかわいらしかった。でも、微笑みのあとに次の言葉が出てこなかったから、たぶんこの子も僕の名前を覚えていないんだろう。ちくしょうめ。
「あはは、どうも~」
心の中で毒づきながらもヘラヘラと笑って見せる自分が情けない。
人と目を見て話すのが苦手な僕は、ヘラヘラしながら顔のいい男と顔のいい女のちょうど間くらいに視線を揺らした。するとそこには他にも何人か見たことがある顔がいるではないか。
いや、何人かというより…。うちのサークルに所属している一、二年生がほぼ全員いる…?
「あれ? てかもしかしてあれ幹正?」
と僕の背後へ向けて目を凝らす顔のいい先輩。
「え?」
と後ろを振り返ると思っていた以上に離れた場所からこちらを見ている幹正先輩が目に入る。こちらをあの細い目でにらみつけていて、怖い。
二人の登場によって完全に幹正先輩の存在を忘れてしまっていた。立ち止まった僕に気づかず、さっさと歩いて行ってしまったのか…。いや、にしたって離れすぎなような気がする。
「なんだよ…。あいつ来ないって言ってたのによ…」
と顔のいい先輩が明らかに不快そうな声を漏らす。
「あ、もしかして君?」
「え?」
「幹正が花見の予定あるって言ってたけど、君とだったの?」
最初何を言われているのかよくわからなかった。がどうやらこういうことらしい。そもそもの話、サークルの二二年生とイケてる一年生を集めて花見をしようという話が前々からあった。そして幹正先輩は当然のごとく、「サークルの二年生全員」という枠から外されていたわけだ。ひどい話のように聞こえるが、所詮サークルの公的な行事ではなく、休みの日に二年の仲いい奴らと一年の数人で休日に遊ぶ、というアンオフィシャルな行事だから誘わないやつがいてもなにも問題はないはずだ、というのが顔のいい先輩のいいぶんだった。たまたま二年生の中で誘われなかったのが幹正先輩だけだったというだけである。
まあ僕から見れば端的にいじめられているように見えるのだけれど。大学生にもなって、である。
そして、間が悪いことに他の二年生たちで花見の計画を立てている場に偶然幹正先輩が鉢合わせてしまい、会の存在を知ってしまった。自分ただ一人をのけ者にして行われる楽しい会のことを。
顔のいい先輩も一応うしろめたさがあったようで、それを聞かれてしまったときはそれなりに焦ったらしい。
ただ、顔のいい先輩が
「幹正も来るか?」
といやいや誘う前に先手を打たれたという。
「わりい、その日俺も別のやつと花見に行く予定だわ」
幹正先輩は先に断ったのだ。誘われる前に。差追われていないお花見を断った。
「幹正のことだからどうせ嘘だと思ってたんだけど……。そっか、君と本当に花見だったんだ」
顔のいい先輩が僕の顔を不思議そうに見た。
幹正先輩は嘘をついていた。本来、彼に花見の予定などなかったはずだ。だって今朝だし、僕が誘われたのは。少なくとも幹正先輩がのけ者の会の存在を知った後に僕のところに連絡してきている。
大方、「別のやつと花見に行く予定だからそちらの会にはいけない」と言ってしまったので、あとから辻褄をあわせるために「別のやつと花見に行く予定」を入れたかったのだろう。そこで僕が呼び出されたわけだ。
甚だ遺憾である。なんで僕が言い訳のために都合よくつかわれなければいけないのだろう。幹正先輩のくせに。
「元々今日花見の予定だったんだろう?」
と顔のいい先輩が僕に問いかける。
そんなわけあるか。なにが楽しくて幹正先輩と二人でお花見なんてことを前々から予定をたてて計画しなきゃいけないんだ。
「はい、そうです。随分前からこの日花見をしようって先輩と話していたので…。すみません、幹正先輩お借りしちゃって」
と僕は申し訳なさそうな顔をして頭をさげた。
まったくどうして僕が幹正先輩のために辻褄を合わせるようなことをしなければならないのだ。
「ああ、そう」
と顔のいい先輩は思っていた返事と違ったのか、若干表情を曇らせた。しかし一秒後にはもう僕等に対して興味を失ったようで、
「じゃ、二人で花見楽しんで」
と言ってその場を立ち去っていく。
「はい、ありがとうございます」
と僕ももう一度会釈をして幹正先輩の方に向き直った。
幹正先輩は相変わらずかなり遠くにいて、こちらを細い目でにらみつけていた。でも、僕が顔のいい先輩と別れて自分の方に向き直ったのを見て、口角が二度ほどあがったように思う。遠くてよくわからないけど。
「あ、待って」
とあやさんが僕の右ひじを掴み、引き留めた。
「幹正先輩って人に付き合わされてるんでしょ?」
「え?」
あやさんは軽蔑するような目、つまり僕がいつも彼に向けているような目で幹正先輩をちらりと見ながら言った。
「あの先輩、なんかキモイもんね。無理しなくていいと思うよ。てかよかったらうちらと一緒に飲まない?たぶん、先輩に言えば席あけてくれると思うし…」
優しい言葉をかけてくれるあやさん。僕があの人に付き合わされているのをちゃんと見抜いているのだ。でも。
「大丈夫。付き合わされてなんてないから。僕があの人と花見したいんだよ」
心にもないことを言う。
「え…。大丈夫? 嫌なことは嫌って言った方がいいよ」
「大丈夫。それに嫌なことは嫌って言った方がいいって言う話なら、僕はそっちのサークルの人たちと飲む方が嫌かな」
「え……」
「あと人の事『なんかキモイ』なんて曖昧な表現で中傷するの、神経疑う」
「……」
僕の端的な言葉にあやさんは言葉を失ってしまった。
言ってやった。満足した僕は硬直したあやさんを残して幹正先輩の方に歩き出す。
別に幹正先輩のことを好きになったわけじゃない。たぶん僕は今でも彼のことを見下している。でも幹正先輩が他の人間から不当に扱われているのを見るとなんだかいてもたってもいられなくなってしまった。
不愉快だった。彼も一生懸命生きているというのに。君は(僕は)見下せるほど偉い人間だろうか。
まあ、シンプルに僕が一年生のサークルメンバーからオア花見に誘われておらず、のけ者にされている幹正先輩と自分をだぶらせているだけ、という気がするけれど。
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