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ただいまと忙しさと
病院の裏口から運び出された博之を葬儀社の寝台車が迎えに来ていた。
「幸苑セレモニーの高田と申します。この度はご愁傷様でした」
高田は清海に深々と頭を下げ、手際よくストレッチャーに乗せられた博之の亡骸をそれごと車に納め固定した。自宅へ戻るため、清海は一緒に寝台車に乗り込み静流と拓斗の二人は静流の車に乗り込んだ。寝台車を先頭に自宅へ向かう。
着くと早々に準備に取りかかる葬儀社のスタッフ。亡骸を北枕にし枕飾りを整えた。蝋燭が灯され線香が焚かれる。そして白い幕や水引幕を張り座敷が手際よく様変わりする。その間、清海は幸苑セレモニーの高田と今後について打ち合わせを行っていた。
僧侶も到着し枕経をあげた。亡骸は胸元で合唱させたうえで、薄い布団をかけ魔除けの守り刀を胸に置き顔には白い布が被せられた。
続々と親族が集まり博之の亡骸に手を合わせ啜り泣く者もいた。博之の死に顔は髭こそ清海が剃ったが、看護師たちによりエンゼルケアを施され安らかな顔をしている。苦痛に顔を歪めた顔は今はもうなかった。
拓斗はまるで自分が邪魔者扱いされているように感じていた。何をしていいのか分からず、ただ黙って今までの様子を眺めていた。
逆に清海はゆっくりする暇もなく忙しく動いていた。拓斗はぼんやり考えていた。ゆっくり博之の側にいたいだろう。しかしそれに反して凛としている清海。喪主として運命られた時から、泣いて過ごすなど許されない。動かなければいう状態は半ば強制的に心を強くさせられる。
──そうか、これって俺たちに必要なんだ──
今から始まる忙しさは残された者たちにとって必要なのではないか。寂しさや辛さ、悲しさを纏う暇もなく動かされて行く。落ち着いて博之を想うことが出来るのは四十九日過ぎだろう。得に清海には必要なものと感じた。強くなるために必要な儀式に感じた拓斗だった。
白木祭壇も一気に組み立てられていく。あらかた準備は整った。今からは博之と所縁の人たちが来るだろう。頭に浮かぶのは博之が勤めていた桜井や黒木。彼らは間違いなく来るだろう。
線香の煙が絶えることなく舞い上がっていく。いつの間にか座敷がまるで違う光景に出来上がっていた。昨日までとは一変した世界が広がり博之がもうこの世にはいないと改めて知らされた。
丁度その頃、二人の老夫婦が博之の亡骸と面会するために小高い家の駐車場に着き車から降りようとしていた。二人の足取りは重い。
「いつからこんなに立派な庭になったんだ?」
老紳士は老女に声をかけた。
「ほんと向日葵がこんなに咲き乱れて。気持ちが晴れた時に来たかったわ。こんな気分じゃない日にね」
その庭をゆっくり見ることもなかった。老女の方は腰が曲がり杖を付いた。老紳士は背筋をピンと立て寄り添うようにその坂をゆっくり登ってきた。二人は地獄に歩み寄る気持ちでこの坂を登っていた。
「どんな顔をしていいかわからないわ」
「この年になって、もうこんな想いはすることないと思っていたけどな」
ゆっくりと登りながら二人はその先無言になっていた。
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