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孝非らざる者に涙を
「この親不孝もんが」
一言発した言葉は重くのしかかる。そのまま博之の亡骸に覆い被さり号泣した佐重子。亡骸の胸を辺りを何度か叩いた。照雄は膝を折り曲げたまま黙っている。照雄は戦時中を生きてきた人だ。厳格で、それでいて我慢強い人だった。歳を長く重ねた二人にとって人の生死に関して幾度となく経験してきたことだろう。
「俺には兄弟が五人いてな」
博之はたまにそんな話を拓斗に聞かせていた。
「兄貴が二人いるが本当は兄貴と姉貴がまだいたんだよ。でも早い時期に死んだらしい。俺が生まれる前のことだから良くわからないんたけどな」
照雄と佐重子は昔も我が子との死別を経験している。しかしだからと言って慣れるものではないだろう。
「この親不孝もん……親不孝もん……」
佐重子の言葉は繰り返されるばかりだった。声が掠れている。
「佐重子、もうやめるんだ」
照雄が佐重子の手を掴みなだめた。照雄は振り向く清海に問いかけた。
「清海さん、博之はどんな感じだったかな? 苦しんだりしとらんかったか?」
心情を察しするのに余りあった。
「はい。家族みんなに看取られ幸せな顔で安らかに旅立ちました」
「そうか、ありがとう。清海さん。博之は幸せだったんだな」
ほっとした様子の照雄だった。涙は見せなかった。
「幸せだったと思います」
苦しんだ顔のことは言わずにおこうと清海は思った。最愛の息子を失くし、そこで苦しい顔をして逝きましたなんて伝えればもっとこの二人は苦しむに違いない。それはあまりにも酷だ。
「この親不孝もん、親不孝もん」
拓斗はこの光景は忘れられないほど心に引っ掛かかった。
──親より先に逝くなんてやっぱり親不孝だな。どんなに歳を重ねても二人にとっては父さんは大事な子供──
「父さん、親不孝だよ。でも俺は父さんに何も出来なかった。もっと親不孝もんだ」
二人の気持ちを代弁するように相手のいない会話を拓斗はした。
枕元に揺れる蝋燭の炎はゆらゆらと揺れていた。
〈了〉
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