第84話 再び渚にて 3

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第84話 再び渚にて 3

「太一くん、私に告白してくれてありがとう」  朝、目覚めると、待っていたかのように渚がそう語り掛けてきた。  外はおそらく夜が明けてすぐくらいの時間。 「渚こそ、僕の告白を受けてくれてありがとう」  今日は二人が付き合い始めて一周年の記念日。お互い、お出かけのために節約しようと、プレゼントは無しという取り決め。その代わり朝から()()の約束をしていた。普段からこの時間は走ってるので構わないけれど、昨日の夜もしたよね? それも普段と違う環境だからか普段よりもずっと興奮して。おまけに休憩は裸のまま応接間で果物を食べたからか余計に興奮して人には見せられないような写真まで撮っていたし。  写真――といえば、先週萌木から送られてきていた写真。あれを昨日も二人で見返していた。  萌木から送られてきた写真――それはあのプールの日の写真だけではなかった。最初、僕は萌木に怒っていた。すぐにでも萌木の所に怒鳴り込んでやろうかと思った。だけど渚はそれを止めた。  萌木の趣味は盗撮。けっして褒められた趣味ではない上に、その中にはなんとあの姫……姫なんだっけ……姫ナントカ先輩が持っていたという写真まであったのだ。つまり、あいつが渚を脅すのに使った写真は萌木が撮ったものだったのだ。萌木はあいつに軽い気持ちであの写真を高く売りつけたらしい。今思えば誰が撮ったのか不思議でならなかったけれど、萌木は以前から僕らの関係に気付いていたようなのだ。  マジですまんかった――と送付と共に謝ってきた萌木。ついでに盗撮した写真を全部送ってきたのだが、渚は怒るどころか逆に喜んでいた。学校で二人一緒の写真はあまり無かった。校内での写真撮影の規則が、禁止ではないが色々と面倒くさかったので、学校での写真はほとんど無かったのだ。告白騒ぎ以前の物なんて存在さえしてなかったはず。なのに萌木は持っていた。  萌木の写真もかなり色々ダメなのだけど、学校での二人の写真は渚にとっては思い出であり、嬉しかったようだった。僕を説得した渚は萌木に注意をしていた。けれど、それでも写真が嬉しかったことを伝えていた。まあ、注意したくらいじゃ萌木はまたやらかすだろうなとは思ったが。  ともかく、昨日もそうやって思い出に浸っていたわけだ。 「太一くん、またエッチな夢をみてたでしょ」  そう言って触ってくる渚。渚は何というか、そういうことに興味津々な割にはあまり知識がない。実際、こうして男子の生理現象なんて知らないからそんなことを言ってくるし、おかげで朝はいつも積極的だった。ただ、特別な日を除けば朝起きてすぐにすることはあまりなくて、特に今年に入ってからはできるだけ走ったりを優先していた。 「――仕方がないなあ。でも、私も太一くんとの夢はよく見るから気持ちは分かるかな」  ――それは渚がそういうことばかり考えてるからなんじゃないかなあ。  不意にシーツの中に潜り込む渚。そこからしばらくいつもの攻防が始まる。全勝はしてるけれど、渚はたぶん手加減していて僕の反応を楽しんでいるだけのようにも思われた。  ◇◇◇◇◇ 「あら? 普通に起きて来てるのね。二人とも遅いかと思ってた」  ――なんて二階のレストランで声をかけてきたのは渚のお母さんでもなく、また董香さんでもなかった。今更、何でこんな所に居るの?――なんて言わないけれど、六人掛けの丸いテーブルで朝食バイキングをそれぞれに味わっていた四人組。新崎さん一派だ。  おはようの挨拶を交わす渚たち。なんとなく居そうな気はしていたけど、ほんとに来ていたとはね。おまけにこの早い時間。昨日は泊まったんだろう。僕らは朝食を部屋で取ることもできたみたいだったけど、渚が――レストランがいい――と言っていたのはこういうことか。 「麻衣ってば、本当に二人の予定に合わせて部屋の予約ねじ込んじゃうんだもん。びっくりだよねー」 「あら澄香さん、私たちは連休に四人で泊まりにきただけですよ。瀬川くんたちとは偶然」 「山咲さんたちお金持ってるんですから、もっと遠くのリゾート地に行けばいいじゃないんですかね。こんな近場じゃなく」 「高校生の小遣いの女子会なんだからそんなにお金は掛けられないわよ」 「いや新崎さん、さっき宮地さんがねじ込んだって……」  高校生の小遣いで泊まれるようなホテルじゃないよね。 「ほらここ、寄ってあげるから座りなさい」 「他に連れが居るので……」 「鈴代さんはもう座ってるわよ」 「渚ぁ……」  渚は既に奥村さんの横に座っていて話を弾ませていた……。  しぶしぶその場に朝食のトレーを置く。奥村さんはちょっと申し訳なさそうな顔をしていて新崎さんは知らぬ顔で澄ましていたけれど、山咲さんと宮地さんが意味ありげな微笑とともに視線を向けてきていた。 「いーよね、親公認は。部屋も一緒なんだ?」 「いや、渚のお母さんたちと一緒だから」 「そうなんだ? へぇ~。お母さんと一緒じゃイチャイチャもできないよね」 「当たり前だろ」 「それで思ったより早く起きてこられたんですね」 「――それでね、夏乃子ちゃんから貰った写真の中に秋ごろの写真もあって――。あっ、お母さん、おはよう。董香さんもおはようございます。お友達が居たから私たち別でいい?」 「おはよう。構わないわよ。今日は一緒に遊ぶんでしょ?」  二人は皆に挨拶をして別のテーブルに着いた。  しばしの沈黙と共に新崎さんたちが僕を見る。渚もその雰囲気にお喋りを止める。  最初に口を開いたのは宮地さん。 「えーっと、瀬川くん。夜はあの二人とも一緒だったの? お母さん、メチャクチャ美人じゃない?」 「両手に花が溢れてますね」 「えっ、いや、それはその……」  僕が困り果てていると――プッ――と吹きだす新崎さん。 「琴音も澄香もそのくらいにしておきなさい。百合から聞いてみんな知ってるんだから」 「はっ!? 知ってたの!?」 「……瀬川くんごめんなさい。口止めされてて……」 「素敵な恋人がいらっしゃるんですからこのくらいの妬み、受け止める余裕を持ってくださらないと」 「そーそー」 「いや宮地さんは恋人居るでしょ……」 「バレたか!」  アハハ――と笑う宮地さんにつられて皆も笑う。僕だけ笑えない。渚はちょっと恥ずかしそう。  ◇◇◇◇◇  朝食を終えて渚と少し散歩をした。半年くらい前の大風の日は渚とここで転げまわった。あの時の思い出を話しながら歩いて回る。海浜公園の芝生には子供連れの家族が早めの時間から居た。今日の朝は少し涼しいくらいだったけれど、それも最初の内。だんだんと日が昇るにつれて気温は急上昇。徐々に海水浴客も増えてきていた。  ホテルの入り口近くで新崎さんたちに遭遇する。四人とも、水着に何かしらを羽織り、帽子にサングラスとリゾート気分を満喫していた。 「お母さんたち、午前中はホテルの方でゆっくりするからって。ピラティスとか体験してくるって言ってた」 「へえ…………ピラティスって何?」 「よくわかんない。提督?」  パーカーを着た渚とそんな話をしながら海岸へと降る。パラソルは必要になったらでいいか――と小物入れだけ下げて。 「百合ちゃ~ん」  奥村さんを見つけて駆けていく渚。彼女らはというと、ふたつのパラソルの他にテーブルや四人分のチェアまで用意させていた。 「太一くん、ほら見て。百合ちゃんの水着、一緒に選んだの。どう?」  いつの間に――って思ったけど、そう言えば三村の水着も選んだとか言ってたよな。 「どうって言われても…………他の女の子の水着姿だよ? じっくり見てたら嫌でしょ?」 「百合ちゃんは特別。で、どう?」  奥村さんは渚と同じく黒のビキニだったけれど、奥村さんの、締まっているがボリュームのある体に紐っぽいのが腰や胸の脇にかけて二重になっていてなんか……。 「カッコイイね」  とりあえずカッコイイに変換しておいた。ちなみに新崎さんはオレンジっぽい上下で、山咲さんは白っぽいの。宮地さんは彼氏に悪いので見ないようにしていた。 「うん、私もカッコイイと思う!」 「……ありがとう」 「じゃあ、泳ぎに行こうか!」 「渚、準備運動して……」  安定した体幹で準備運動を始める奥村さん。それ以上は恥ずかしくて見ていられなく、他所を向いて体を伸ばしたりしていた。そうしていると――ペコ――とスマホに通知が。 「田代と相馬、駅に着いたって。あと姫野に会ったって」 「そうなんだ。――太一くん、どう?」 「どうって――」  振り向くとパーカーを脱いだ渚。  さっきから違和感はあったんだ。なんで今日はラッシュガードじゃないのかって。理由は簡単だった。渚は上下、青のビキニ。あの店で僕が指差したやつを着ていた。大きめのパーカーで下まで隠していたのだ。目が醒めるような鮮やかな青。すごく渚に似あっていて……。 「あっ、ニヤけてる!」  僕が口に右手を当てて、表情を見られないようにそっぽを向いていると、宮地さんが指摘してきた。 「そんなことないし……」 「鈴代さんは羨ましいなあ。うちもこのくらい分かりやすかったらなァ」 「宮地さんとこはそうじゃないの?」 「澄香のカレ、未だに私たちが一緒だと顔を出さないのよね。遠慮しちゃうわよ」 「……無表情よね、あのカレ」 「女性に囲まれても瀬川くんくらい玉が座ってませんと困りますわね」 「琴音、それ玉じゃなくて肝」 「まあ、失礼いたしました」  うふふ――と、どこを見ているのか知らないが、流し目をこちらに送ってくる山咲さんの前に渚が割って入る。 「渚、泳ぎに行くんでしょ? 行きましょう」  そう言って奥村さんが間に入ってくれるが――。 「山咲さん、あまり渚を揶揄わないでください。僕ももうその手では動揺しませんからね。それとも一度、腹を割って三人で話し合った方がいいですか?」  初めて見るきょとんとした顔の山咲さん。やがて我に返ったのか――。 「まあ。でしたらそのときはぜひ百合さんも交えて、素敵な話し合いの場を設けさせていただきますわね……しっぽりと」  何だよ――しっぽりと――って。 「ほら! 瀬川くんたち、泳ぎに行くんでしょ。私たちは喉が渇いたから何か買ってくるわ。行きましょ」  不自然に顔をそむけた新崎さんが山咲さんと宮地さんを促して去っていった。  ホッと一息つけた僕は、渚に右腕を取られて波打ち際へと向かった。もちろん、渚の右腕には奥村さんの左腕が絡んでいた。
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