第85話 再び渚にて 4

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第85話 再び渚にて 4

「悪いけど僕の連れだから、しつこいのはやめてくれるかな」  正直、僕としては申し訳ない気持ちもあった。片や、スレンダーな肢体に不釣り合いなほど目立つバストの僕の恋人、渚。片や長身で引き締まった身体に渚以上の――まあとにかく奥村さん。二人を連れて波と戯れていると、当然というかやはりというか――独り占めしてないでどっちか寄越せよ――的な(やから)が声を掛けてきたりするわけだ。すると奥村さんなんかは仁王立ちでキッと睨みつけ――何か用かしら――とその場で威嚇する。ただ、それでも食い下がる輩は居る。僕は奥村さんが次の言葉を発する前に割り込んで、奥村さんに対峙していた二人組に、僕の連れだと主張した。 「じゃあそっちのキミは――」 「私は彼のものです!」  男の一人は渚に声を掛けようとするも、本人はザバザバと波をかき分けやってきて僕の右腕を取る。彼らは再び奥村さんに目をやるも、今度は奥村さん、何を思ったのか僕の左肩の陰に身を小さくして隠れる。 「私も……」  いやいやいや…………。 「なぎさ~!」  状況に困り果てていると、浜の方から渚に呼びかける声。見やると少し脱色した髪をツーサイドアップにした、ちょっと威嚇的で苦手な髪型の女の子が駆けてきた。 「――何こいつら? 因縁つけられてんの?」 「いやいや、ただのナンパ」  浮き輪を抱えてやってきた姫野は声を低くして言う。彼女に事の次第を話した。  ナンパ男たちは――また別の女が――とか言ってるけどそれは違うぞ。 「ハァ? ナンパ? 大学生? 大人? いい年して高校生ナンパしてんじゃないわよ。渚と遊ぶんだから邪魔しないでよね! ほらアッチ行け! しっ、しっ!」  人目を引く中、姫野が水をかけながら捲し立てると、食い下がっていた二人も格好がつかなくなったのか引き下がって行った。 「姫野ちゃん、来て早々いったい誰に喧嘩売ってんの」  そういって現れたのは田代。傍には小鳥遊さん。後ろからはフロートを抱えた相馬と大きな帽子のノノちゃんも。 「渚をナンパしようとしてたから追い払ったのよ! 大丈夫だった? 渚」 「うん、太一くんが居たからね!」 「鈴代ちゃん、また眩しい水着を……」 「もぉ、田代くんたらそんな目で見て~。私とデートじゃなかったの?」 「瀬川も大変だね」  ノノちゃんは相馬の隣で右手をグッ・パーして渚に信号を送っていた。答える渚。  田代も小鳥遊さんと仲良さそうなのでホッとする。していたのだが――。  ヒッ――と短い声が小鳥遊さんから漏れたかと思うと、奥村さんがぬっと現れ出でてた。  気付いてなかったのか、突然の奥村さんに小鳥遊さんは驚き、田代は田代で口を馬鹿みたいに開けている。 「ああ、奥村さんも来てたんだね。こんにちは」――と相馬。 「奥村サン、コンニチハ……」――固くなる姫野。 「こんにちは……」 「た、太一、どういうことだよ、何で奥村さんが……」 「いや、偶然? 一緒になっちゃって? 新崎さんたちもその辺に居るよ」 「あらさき!?」  そう言って急に蒼い顔をした小鳥遊さんは――ちょっと――と田代の腕を取って離れていく。 「どうしたの、あれ?」 「ああ、なんだか唯はA組の一部の女子が苦手みたいで……」 「わかるわかる。私も去年まであんな感じだったから」 「……廊下一杯になって歩いてたから注意したことはあるかもしれない……」  えっ――とみんな奥村さんを見る。なるほど、相馬の従妹は取り巻きが居るとか言ってたな。 「――麻衣も琴音もそういうの注意するから同じかも……」 「百合ちゃんが悪いわけじゃないから大丈夫だよ」 「うん……奥村さんは悪くないよ」  ちょっとしょんぼりした奥村さんを渚と姫野が励ましていた。  ◇◇◇◇◇ 「――でね~、せっかくの記念日に渚の邪魔しちゃいけないな~って佳苗と話したの。だから佳苗、今日は七虹香ちゃんたちとお出かけ」  姫野は浮き輪を借りてきて、優雅にぷかぷか浮かびながら語り掛けてくる。  相馬はノノちゃんの乗ったフロートにもたれ掛かっていちゃついていた。 「ん? じゃあ何で姫野がここに居んの?」 「私は――」 「つか無視すんな!」  ――そう横から文句を付けてきた男。 「えっ? もしかして姫野の?」――彼氏? 聞こうとしたけれど――。 「そう、幼馴染のヒロ君」 「あぁ~~~」――すっかり忘れてしまっていた。 「サッカー部が女の子連れてここに来るって聞いたから、ちょっとだけでも渚を見られるかなってついてきた」 「サッカー部って連休に部活とか無いんだ? 女子バレーは試合でバスケは練習って聞いたけど」 「きょ、今日は休みなんだよ」 「うちのサッカー部、練習厳しくない代わりにあまり強くないんだよ」――と相馬。  なるほどね。しかし容赦ないというか、相変わらず物言いが迂闊だな、相馬。 「練習厳しいクセにあまり強くない野球部よりいいだろう」 「澄香のカレは真面目に頑張ってるわ。春は地区予選の三回戦まで行ってたもの。馬鹿にしないでちょうだい」 「う……すみません……」  奥村さんも割と容赦ない。渚と居るときはちょっと心配になるくらいなのに相手によってはこれだ。 「百合ちゃん、それより競争しよう! 向こうの船まで行ってタッチして太一くんの所までどっちが早いか」  船?――あ、ホントだ。少し沖寄りに船が停まってる。海水浴場の監視だろうか?  渚は奥村さんに何か耳打ちして、合図とともに二人とも泳ぎ始めた。 「瀬川は行かなくてもよかったの?」――姫野が聞いてくる。 「いやあ、あんなに速く泳げないし……」  僕だと途中で背泳ぎ休憩が必要になるかもしれない。波に揺られながらも、二人とも船まで泳いでいった。行きは奥村さんが早かったようで、先にターンして戻ってきている。続く渚もそれなりに速いが、奥村さんは疲れたのか急にスピードが落ちて、結局最後は渚が僕の所に飛び込んでくる。渚は――ご褒美!――とばかりに抱きついて来た。笑ってはいるが、海中では脚で僕の腰に組み付いてきてる。 「百合ちゃん、勝負に手加減はダメだよ」 「…………」 「そもそも僕がゴールな時点で奥村さんが困るでしょ」  何を耳打ちしていたのか、たぶんそれで奥村さんは躊躇したのだろう。  ただ、渚は気にした様子もなく、気楽な物だった。 「疲れたから休憩! 太一くん、おんぶして!」  渚は前から後ろに回り、背中に覆いかぶさってくる。 「田代も心配だし一度上がろうか」  相馬たちにも声を掛けてみんなで浜に上がってくる。  もちろん僕は渚を背負ったまま。砂地だと渚がいくら軽いからってなかなかにハードだ。 「渚、荷物は?」――と姫野。 「サンダルとパーカーは新崎さんたちの所。あの辺のパラソルかな」 「私たちはサッカー部の集まりの所――あっちの方だから後で行くね」 「俺たちもその近くだから一度戻って田代を見てくるよ」  相馬たちと一旦別れ、新崎さんたちのパラソルへ。 「あら、お帰りなさい」 「ただいま……ていうか、新崎さんたちは海には入らないの?」 「入ったわよ。あなたたちみたいに本格的に泳ぎまわるのが普通じゃないのよ。どこまで泳いでたのよ、さっき」 「せっかく海に来てるのに勿体ない……」 「泳ぐのは琴音の所のプライベートビーチでゆっくり楽しめるからいいわ。それとも、瀬川くんが誘ってくれるのかしら?」 「……誘うよ」 「えっ?」 「誘うから一緒に泳ごう」 「わかったわ」  ふふ――と笑う新崎さん。ちなみに宮地さんは知り合いを見つけて一緒に遊び回ってるらしい。やっぱり新崎さんの方が普通じゃないんじゃないか。  渚はパーカーを羽織り、奥村さんはラッシュガードを着て帽子とサングラスを。  二人がビーチチェアに寝転んでいると、相馬たちもやってきた。 「田代たち見つけたよ」 「すまんすまん」 「ゴ迷惑オカケシマス……」 「新崎たちとは偶然だって説明してようやくわかってくれた」  偶然というかなあ……新崎さんはわざとやってた気がする。 「つか新崎! お前、海に来るとか言ってなかったろ!」 「た、田代くん、新崎さんにそんな口のきき方……」 「いいんだよ、新崎はいつも態度でかいし」  あわわわ――と戦々恐々の小鳥遊さん。 「別に聞かれなかったから答えなかっただけよ? そもそもここの海岸とは聞いてなかったわ」 「ぐぬぬ……」 「あ、新崎さん、そもそも私が田代くんのことを勘違いしたのが悪いので、田代くんを怒らないであげてください……」 「へ?」 「ん?」 「――私は別に田代くんを怒ったりはしてないわよ。むしろ、大口をたたく癖に女子にはまともに話しかけられなかった彼が、貴女みたいな子をデートに誘えたのは誉めてあげたいくらいよ?」 「えっ? そうなんですか?」  新崎さんの田代への評価は意外だった。それを聞いて田代は照れくさそうにしている。 「ごめんな、小鳥遊さん。そんなに新崎が苦手とは思わなくて」 「ううん、田代くんが知らなかったってわかったからいい。新崎さんもごめんなさい、勝手に怖い人だとばかり思ってて……」 「怖がられてるのは構わないわ。余計な男が絡んでこなくて助かるし」  新崎さんにとっては絡んでこないような気弱な相手は恋愛対象外ってことなのだろうな。  正直、知らない間柄だったら僕だってあまり絡みたくはない。 「それじゃあみんな、何か買いに行こうか」――と相馬が音頭を取る。 「冷たい物ならホテルのパーラーで買った方が同じような値段でもその辺の露店よりずっとおいしかったわよ。ボードウォークの方から入れるから」 「おう、ありがとな新崎」 「ありがとうございます、新崎さん」 「じゃあ行こうか、渚。――奥村さんも」 「うん」 「ええ」 「渚、私もー」  渚にくっついて奥村さんと姫野が連れ立ってくる。  パーラーでは確かにおいしいスムージーやサンデーが買えた。まあ確かに新崎にとっては同じような値段なのだろう。五百円ほどの差額は、僕らにとってはそれなりの出費ではあったが。
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