デジタル生命体キラティンの呪い

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「絶対に秘密だよ」とキラティンは言ったけど、その約束を私は守れそうにない。教えてもらった三つの内緒話は、私の心にしまっておくには、どれも重すぎた。  その三つの内緒話を以下に箇条書きする。 ・「絶対誰にも言わないで」と言って親友に好きな人を教えた数日後、クラスで噂になっていて……。 ・「これは俺達だけの秘密だ」頷きあった俺達は、山中に埋めた仲間の死体を見下ろした――。 ・「明日、あなたにだけお母さんの秘密を教えてあげる」そう言った母はその日、行方をくらませた。  どれも重い。重力が強すぎる。超巨大惑星の物語なのかと疑ってしまうほどに。あるいは、深度一万メートルの海の底で水圧に耐えて生きる動物たちの話か? と考えてしまうくらいに重苦しい。  そのどちらでもないとは言い切れない。「絶対にナイショだよ」と私に伝えた――本稿の最初で話した言葉と違っているのはご容赦のほどを。※台詞の言い回しが多少違っていても、意味が同じであればOK! とのことなので文章修行の一環として変化させてみた。それだけのことだ――キラティンは別の惑星から来たのかもしれないし、深海の住人なのかもしれないからだ。  キラティンの正体を、私は知らない。 「なんじゃなんじゃなんじゃあ! 2024年4月14日(日)27:59:59締め切りの『三行から参加できる 超・妄想コンテスト 第218回「お花見」』を投稿したぞ! これで一息つける! と喜んでいたら2024年4月15日(月)27:59:59締め切りのコンテストがあるやんけ!」  若干ブチ切れつつ、私は募集要項のページをチェックした。 『【小説投稿コンテスト】キラティン×エブリスタ 映像化コンテスト「絶対に秘密だよ」から始まる物語』と題された文章を読んで、最低文字数が3,000文字と知り、深い溜め息を吐く。 「文字数がいつもの100文字(三行程度)のコンテストじゃねーのかよクソ! 面倒臭いだろタコ! あ~あ~あ~どうしてこういうマイナー小説投稿サイトに限ってレギュレーションが細かいんだろね。弱小なのに拘りだけは一丁前だ。気持ちだけは大手に負けないってか? ばーかーじゃーねーの! 一本ドラマ化したぐらいで大喜びしている無能なパーどものくせしやがってよ」  そんなこと、私は一言も言っていない。他の誰かが発した台詞なのだ。何者かが毒づく声を、私は茫然と聞いていた。 「なに、これ? 今の声、何なの?」  私の呟きにレスポンスがあった。 「これはね、エブリスタのユーザーの本音だよ。絶対の秘密だから、ここだけの話にしてね」  私は息を飲んだ。呟く。 「秘密をペラペラ喋るか普通。それはともかく。あの、これ、何が起きているの? そして、そういう君はなに? どこにいるの?」 「ここ、ここだよ!」  そう言われても姿は見えない。周りの人は独り言を呟き続ける変な私が見えない振りをしてくれている。  私は姿なき声の主に尋ねた。 「パソコンの画面の中にいるの?」  尋ねた私に何者かが答える。 「ううん、ノートパソコンの画面の後ろに隠れているんだ」  私はとっさにノートパソコンのディスプレイへ手を伸ばした。それを手前に倒して背後を見ようとしたのだ。 「待って!」  私は手を止めた。 「ノートパソコンを閉じると、保存していないデータが消える場合があるよ。保存したと思っていたデータを保存していなくて、せっかく苦労して入力したテキストの全部を再入力してしまうかもしれないよ」  それは要するに、ノートパソコンを閉じて後ろを見るなということなのだと私は解釈した。警告に従わないと、保存しているデータも消去される恐れがある。蓋を閉じるのは止めた。代わりに質問する。 「それで、君はなに? 何者なの?」 「絶対にナイショなことをペラペラしゃべりまくるデジタルな生き物、キラティンだよ!」  エブリスタの多くの利用者が心の奥底で感じていながら秘密にしている思いを、ノートパソコンの後ろに隠れて言っている馬鹿正直すぎるデジタル生命体。それがキラティンだった。  その説明だけでは何だか物足りなかったので、私はキラティンに訊ねた。 「えっと、あの、あなた、なに?」  キラティンは、自分をキラティンと自己紹介した。 「それは聞いた。君の正体は何なのか、それが聞きたい」 「それはねえ、これを見てよ!」  パソコンの画面が勝手にスクロールをし始めた。今ちょうど私が開いている『【小説投稿コンテスト】キラティン×エブリスタ 映像化コンテスト「絶対に秘密だよ」から始まる物語』のページの真ん中くらいで止まる。  そこには、こんな表示があった。 『キラティンとは? 物語には、「面白い」「悲しい」「嬉しい」「胸キュン」などの「キラキラ」した感情を湧き起こす魅力があります。 そんな「キラキラ」した感情になれる作品を、ショート動画という形で「ティーン」へ届けていくブランドが「キラティン」です。 現在、TikTok、YouTube、Instagramにて出版コンテンツのショートアニメ、ショートドラマを配信しています! ★公式TikTok ★公式YouTube ★公式Instagram』  画面の説明を読んで、私は頷いた。 「ふむふむ、ショート動画のブランド名がキラティンなのね。それで君は、そこの公式マスコットキャラか何かなの?」 「いえ、非公式のキャラクターで、勝手に名乗ってます」 「だめじゃん」 「でも、キラティンを流行らせたい気持ちは、誰にも負けません!」  そう言われると、それ以上は何も言えない。 「ところで、キラティンのショート動画って、どんな感じなのかな? 私がよく見るショート動画って、歌ったり踊ったりしているものが多くて、ストーリーのある話を目にする機会がないんだけど」 「それでは、キラティンのショート動画を実際に見ていただくと良いですよ!」  百聞は一見に如かず! というわけで『★公式YouTube』のページを開く。 「あのさ、キラティン」 「何ですか?」 「実は、僕ね、そんなにYouTubeとか、詳しくないんだけど」  質問しようかどうしようか、しばらく思案してから、私は訊いた。 「チャンネル登録者数が265人って多いの、それとも少ないの?」  キラティンが答える。 「多いと思いますよ」 「多いんだ」 「はい」  私は画面を見た。『おすすめ』とある。映像の中に学生っぽい格好の可愛らしい女性がいた。浴衣を着ている画像もある。同一人物っぽかった。下のキャプションに説明がある。 『君を、私のカメラマンに任命します!』 『病気の君を僕は撮ることができない…』 『君と会って私は生きたくなった』 『そんな彼女と出会えた僕は幸せだ』  病気のゾンビが登場するスリリングなホラーか、難病ヒロインものらしい。 「ふ~む、こういう作品が求められているのか。これなら二万字になるね」  私は「子供の頃に二人で作った秘密基地の場所は絶対の秘密」とか「ぬいぐるみと秘密の約束」といったライトな現代ファンタジー系のストーリーを考えていたが、ほのぼのよりヘビーなネタが必要らしい。  キラティンは言った。 「この話の原作があるんですよ。冬野夜空『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』スターツ出版文庫です」  エブリスタじゃないのかよ! 他の出版社の名前を、ここに出して良いのか? と僕は不安になった。しかしキラティンは恐れ知らずの豪傑というか、凄い愚か者だった。さらに余計なことを言い出す。 「スターツ出版の方が勢いがありますからね、エブリスタより」  私は話題を切り替えた。 「難病ヒロインものはあるようだから、他の傾向の作品で勝負したいな。さあて、どんなのがあるかなあ」 「募集要項のページに書いてある『ぐっと引き込まれるような始まりや、どんでん返しなどの驚き、勧善懲悪のスカッとする展開など、短い中でも感情が揺さぶられるような、魅力の詰まった作品をお待ちしています』ですよ」 「そうは言ってもさ、ショート動画でしょ? やれることには限度があるよ」 「そんなことないですよ!」  そう言ってキラティンは冒頭で紹介した三つの内緒話を私に教えてくれた。そんな感じの話を書けばいいと言うのである。  三つの話の結末は、どれも重かった。キラティンに口止めされるまでもなく、内緒にしておきたくなる。しかし、この重さに私は耐えられそうにない。従って私は、キラティンとの約束を破ることにした。この投稿とは別に、口外無用である三つの秘密の話を投稿する。  私が約束を破ると知ったら、キラティンは怒るだろうか? 仮に激怒したとして、報復はありえるか? 分からない。案ずるよりより産むが易しという言葉があることだし、投稿してみる。もしも記事を投稿できなかったとしたら、それはキラティンの呪いだろう。
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