【side:燈哉】始まりと終わりの始まり。

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【side:燈哉】始まりと終わりの始まり。

 高等部に進級し、羽琉と同じクラスだと知った時に感じたのは安堵だった。  愛しいΩである羽琉は大切な存在だ。  初めて出会ったあの日から羽琉を守ることが自分の使命だと思っていた。  まだまだ幼かったあの日、軒下で膝を抱えた羽琉を見つけた時に何をしたいのか自分でも分からないままに声をかけたのが始まり。 「あそばないの?」  膝を抱えた羽琉は小さくて、ちゃんと見ていないと消えてしまいそうで、そんな羽琉に誰も話しかけないから自分にしか見えていないのかと思ったほどだった。  しばらく待っても返事が来ない事に痺れを切らし、もしかしたら聞こえてないのかもと思い隣に座ってもう一度話しかけてみる。 「ねえ、なんですわってるの?」 「………せんせいとおやくそくしたから」  やっと返ってきた返事は予想外のもので、せっかく外で遊べるはずの時間にそんな約束をさせられるなんて何か悪いことでもして叱られたのかと心配になり立て続けに質問をしてしまったのは何とかしてあげたかったから。 「なにかしたの?」 「おこられた?」 「ちゃんとあやまった?」 「いっしょにあやまってあげる?」  返事が返ってくる前に立て続けに言った言葉はちゃんと届いているのかと心配になるけれど、それでも止めることができない。 「あやまったらいっしょにあそべる?」 「あそべないよ」  なんとか一緒に遊べるようにと色々考えたのに期待を打ち砕く言葉にショックを受けるけれど、この子はそんなに悪いことをしたのかと驚きの方が大きかったかも知れない。 「なにしたの?」 「にゅういん」 「にゅういん?」 「そう。だからあそべない」 「なんで?」  噛み合わない会話は【入院】の意味を理解していなかったから。入院が良いことなのか悪いことなのか、何でそれが遊べない理由なのかが分からなくてそう聞くことしかできなかった。 「はしるとね、くるしくなるの。  くるしくなるとごはんたべれないし、ねつもでるし。だからはしっちゃだめなんだよ」 「そうなんだ?  おこられたんじゃないの?」 「ちがうよ。  せんせいはおへやにいてもいいっていったけど、あそべなくてもそとがいいからすわってる」 「たのしい?」 「たのしくないけどΩだからしかたないんだよ」  そんなふうに言われてもその当時は性差なんて理解してなかったけれど、何か理由があるのだと座っている意味を理解する。 「じゃあ、となりにいてあげる。  ふたりならすこしはたのしくなるかも」 「だいじょうぶ。  みてるだけでいいの」 「でもとなりにいてあげる」 「なんで?」 「なんでだろう?」 「………へんなの」  そう言って困ったように笑うその子が可愛くて、幼心に好きだと思ったんだ。  当然だけどその【好き】の気持ちがどんな種類のものかなんて考えもしなかったし、【好き】にいろいろな種類があることも知らなかったのだけれど、それでも一緒にいたいと思った気持ちは本物。 「なまえ、おしえて?  ぼくはさがみとうや」  同じ色の名札を見せながら名前を告げる。ひらがなで書かれた名前だから見えてしまえば聞かなくても読めるけれど、膝を抱えているせいで名札の色しかわからない。 「とうやくん?  ぼくは、はる。  なかま はるです」 「はるくん」  名前を呼ばれ、名前を呼ぶ。  そんなことは他の友達とも同じように繰り返してきたことなのに、その子に呼ばれると嬉しくて、もっと名前を呼びたい、もっと名前を呼ばれたいと願ってしまう。 「はるくん、おそとあそびのときはいつもすわってるの?」 「そうだね。  とうやくんはいつもはしってるね」 「しってた?」 「うん、たのしそうだからみてた」  そんなふうに言われて嬉しくてドキドキしたのはその時にはきっと羽琉を意識していたから。  俺のことを見ていたと言った羽琉はどんな遊具にも挑戦する俺のことを見ていたと頬を赤くして「かっこいい」「すごい」を連発する。 「はるくんもなおったらいっしょにあそべるよ」 「うん」 「そしたらいっしょにのぼろうね」  そう言って指差したジャングルジムに一緒に登ることは叶わなかったけど、軒下で羽琉を見つける度に声をかけていたせいか、羽琉の中で俺は特別な存在になっていったようだ。 「とうやくん」  見つけるたびに隣に座り、羽琉のことを独占するのが当たり前になった頃。  羽琉も俺の姿を探しているようで、目が合えば名前を呼んで微笑んでくれるようになるまでに時間はかからなかった。  優しい声ではにかんで俺を呼ぶのが嬉しくて、俺だけに向けられる笑顔が大好きで、自分以外の誰かが羽琉に話しかけるのも、自分以外の誰かに羽琉が笑いかけるのも許せなかった。  今よりも体調を崩しやすかった羽琉は幼稚舎の頃は本当に休みがちで、その姿を見つけると誰よりも先に日陰になっている軒下に駆け寄るのが俺の精一杯のアプローチ。俺の姿を見て嬉しそうな顔を見せてくれる羽琉は、俺だけの特別になった気がしてそれまで遊んでいた相手のことなんてどうでもよくなってしまった。  羽琉が喜んでくれるのが嬉しい。  そんな単純な気持ちが行き着く先なんて決まってる。  初等部でも中等部でも、羽琉の隣は俺の居場所だった。自分のことに無頓着な羽琉は周りからの目線の意味にも気付かず、自分が浮いているのは身体が弱くて厄介だと思われていると本気で信じていた。  本当のところは羽琉に友情以上の感情を持つ奴に対して俺が威嚇していたからなのだけど、それを羽琉に気付かせるようなことはしない。  だって、羽琉は俺のΩだから。  幼稚舎の頃に言っていた「Ωだから仕方ない」という言葉は年を重ねるごとに聞くことがなくなり、初等部の途中からは一切言うことがなくなった。だけど俺は覚えていたし、当時はまだはっきりとしてはいなかったものの、自分はαだという自覚があった。  誕生日は秋だというのに同級生と比べ頭ひとつ飛び出た身長。動かせば動かしただけ結果の出る身体。授業は一度聞けばほぼほぼ理解できたし、容姿だって整っていると言って良い。  それに比べて4月生まれだというのに身体の弱い羽琉はいつまで経っても小さいままで、身体が小さければ身体の作りも華奢で、俺と並んでしまうと一段と小さく見えた。  黒い髪と光を吸い込むような黒い瞳。  日に当たることがないせいか、真っ白な肌にしっとりとした紅い唇。  運動をするとすぐに息切れするけれど、頭の造りは良い。学校を休みがちなのに授業の内容をちゃんと理解しているため家庭教師でもいるのかと聞いてみると「ベッドの中、暇だから…」と物語りに飽きると教科書を眺めていると小さく笑う。 「教科書見てると学校に行った気分になれるから」  そう言って笑う羽琉は幼稚舎の頃に比べれば休みは少なくなったものの、それでも事あるごとに体調を崩して入院することもあるし、長期休みになると検査入院と療養と称して長期の入院を余儀なくされる。  初等部に入る前に父に連れられて羽琉の父親と会ったことがあった。  αである羽琉の父親は俺を見て少し笑うと「羽琉のこと、よろしくね」と言い、父には「任せられそうだな」と告げた。  ただそれだけ。  それでもその時に認められたと感じたのは間違いではなかったようで、それ以降、羽琉とはずっと同じクラスで過ごすことになる。  羽琉の体質のせいか、大人の思惑があったのか、それともその両方だったのか、羽琉のそばにいたい俺には都合が良いのだから詮索する気はない。  毎日羽琉と過ごし、羽琉と自分は特別な関係なのだと周りに認識させていく。中には俺から羽琉を引き離そうとする相手もいたけれど、俺よりも強そうなαはいなかったし、羽琉よりもそばにいたいと思えるΩもいなかった。  俺がいても羽琉に近づく奴はいたけれど、自分が認めた相手以外は少しずつ排除していった。俺が気に入らなければ羽琉が興味を持った相手でも遠ざけたし、側にいなくなった理由を適当に告げれば羽琉は納得してくれる。  だって、俺は羽琉の父親に選ばれたαなんだから。  そんな中、涼夏が気になったのはその匂いに惹かれたから。  中等部から高等部に進級する頃、まだヒートの気配の無い羽琉だけど、少しずつフェロモンを感じることができるようになってきていた。羽琉の匂いは柑橘系の花の香り、熟せば爽やかな方向となるはずのその花の香りには多分の甘さがあり、白く清楚な姿をしているのに心を揺さぶられる甘さを放つ。  白く清楚なのに内に甘さを秘めるだなんて、羽琉そのものだ。  その香りを誰にも嗅がせたく無いと自分のフェロモンで羽琉に対してマーキングしてその香りを極力隠す。誰にも見つからないようにその時が来るまで隠し、その時が来たら早々に番となりその香りを誰にも嗅がせることなく俺だけのものにしてしまうつもりだった。  だから、体育館に入った時に感じた羽琉とよく似た香りを見つけ、その香りに導かれるように側に行ってしまったのだけど、それが間違いの始まり。
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