【side:涼夏)  Ωの計略と告白。

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【side:涼夏)  Ωの計略と告白。

 気不味い空気が流れる中、どうすれば最小限のダメージでやり過ごすことができるのかと考える。  過度な緊張のせいだったと言えばオレのしたことは許されるだろうか。過度の緊張のせいで強いαのフェロモンに過剰に反応してしまったと、新しい環境に対する不安から無意識にαに庇護されたいと思ってしまったと、そんな言い訳で周囲は納得してくれるだろうか。  いっそのこと転校してしまえば、そう考えるけれど、この学校に入るために親が使ったはずの金額を考えればそんなことは無理だと溜息が漏れる。この制服だけでもそれなりのお値段だったはずだ。  学校を辞めるという選択肢は無い。  詰んだ。  義務教育の間なら保健室登校でも出席が認められたけど、高校生ともなればそんなことは通用しないだろう。何でこんな事になってしまったのだろうと考えるけれど、自分がΩと診断を受けたせいだと、Ωと診断されてしまったから仕方ないのだと結論を出し、Ωであることを盾に逃げようとしている自分に嫌悪する。  少し前までは、診断が出る前までは自分の人生にそれなりの希望を持っていた。その希望は叶うものだと思っていた。  Ωと診断されるまでは。  オレ自身が変わったわけじゃない。  診断でΩと出ただけでオレ自身は何も変わっていない。  それなのにαである両親はΩである息子を今まで以上に手厚く庇護しようとするし、今まで何も制限がなかった生活に制限をかけられる。態度こそ変わらないものの、態度が変わらないからこそ与えられる制限に戸惑ってしまう。  そよそよしくなった友人と、考える時間が欲しいと離れて行った大切にしたいと思っていたΩのあの子。  それまで経験したことのなかった揶揄いとも蔑みと戻れる言葉。  Ωだったのだから仕方ない。  自分は何も変わっていないのに、勝手に変わっていく環境にそう諦めるしかなかった。新しい環境で、自分がΩであることを認め、周知して流されるように過ごすしかないと思っていた。  流され過ぎてしまった。  それが正直な気持ち。  声をかけられた強いαに従っただけ。  声をかけてくれたΩの話を聞いただけ。  そんなふうに逃げ道を探し、それでもどこかで止まるべきだったのだと今更ながらに反省する。 「えっと、朝って送迎?  それとも徒歩?」  この状況をどう切り抜けるべきか、そんなふうに考えている時にかけられた言葉は意外なものだった。 「電車だけど?」  質問の意味がわからず何も考えないままそう答えると「え、Ωなのに?」と言われてしまう。  Ω差別かと思ったけれど、以前のオレならきっと同じリアクションをしただろう。 「別にΩだって電車にくらい乗るよ。そのためにネックガードだってしてるんだし。  電車通学は初めてだけどΩ専用車両もあるしね」 「そういうものなのか?」 「そうだね。  そのためのΩ専用車両だし」  自分がαだと思っていた頃は電車だってどの車両にだって乗れたし、Ω専用車両の存在を知っていても気にしたことなんてなかった。気にしていなかったどころか、自分はαだと思っていたからトラブルに巻き込まれたりすることがないように敢えて避けてさえいた。 「その、電車って大丈夫なのか?」  不安そうな言葉に大丈夫の意味を探る。Ω単体でいることと、Ωが寄り添って過ごすこと、どちらが安全なのかなんてオレにだって分からない。 「どうなんだろうね。  オレ、外見がΩらしくないから今までネックガードはしたりしなかったりだったんだけど、自己防衛のために今までより丈夫なのに変えたし、ヒートの時には休むつもりだし。  Ωだから仕方ないよね」  本音が溢れる。  薬は効くけれど、だからと言ってヒートの時に公共交通機関を利用できるほど怖いもの知らずではない。ヒートの場合、欠席扱いにはならないのだからその制度はしっかり利用するつもりだ。 「そっか…。  送迎は無理なのか?」 「両親共に忙しいし、外見がこんなだから電車でも大丈夫だろうって。  まあ、Ωでも薬が合えばヒートの時だって全く分からない人だっているし、この学校の子でも電車使ってるΩだって結構いるよ?」  この学校は送迎されるΩも多いけれど、送迎させるΩの方が多いのだろうけど、オレ以外にも電車で通学しているΩがいることは把握している。同じ制服を着てΩ車両に乗っていれば、声をかけたり声をかけられたりすることもあるかもしれない。そんな機会を今日の失態で失ったのかも知れないのだけれど。 「俺も電車だから時間、教えて」 「え、何言ってるの?」  言われた意味がわからなくて思わず聞き返す。 「家までは無理だけど、登下校くらいエスコートする。  俺のせいで色々言われたって言ってただろ?  その責任とって、登下校の間の安全を保障する。どうせ俺も電車なんだし」  Ωなのに電車を使うのかと驚いたその口で、今度はエスコートすると言う。燈哉が声をかけたせいで、と言ったオレに救いの手を述べようとする。  まだ何か思惑があるのかもしれないと考えもするけれど、返事をするにしてもYESか NOどちらかしかないのだ。 「でも、羽琉君は?」  巻き込まれたと書かれたメッセージを思い出して聞いてみる。巻き込まれたと言うことは、2人の間に何かあると言うことだろう。燈哉が良いと言ったところで羽琉君が異を唱えれば考えて返事をするだけ無駄だ。 「羽琉は話せばわかってくれる」 「………仲、良いんだね」  何が本当なのかわからずそんな風に答えるしかできない。メッセージの意味を考えれば断るべきだけど、強いαを反感を買うのは得策じゃない。  返事に困り言葉が止まる。 「それに、羽琉は毎日送迎だから」  だから駅からエスコートさせて欲しいと半ば強引に電車の時間を聞き出される。 「羽琉とは駐車場から教室まで一緒に行くからそこからは涼夏も一緒に」 「オレは校内に入るまででいいよ」  その言葉に咄嗟に言ってしまう。 「きっと、羽琉君はオレのことよく思ってないんじゃないかな」  そう言えばそれ以上は強要されることはなかった。明日の朝、迎えに来た燈哉の隣にオレが立っていたら何も知らない彼は不快に思うだろう。今朝の様子を思い出せば今日のうちに十分な話ができるとも思わない。 「それならマーキングさせて?  俺がマーキングしておけば安全だし。  会わなければ羽琉が気付くこともないと思うし」  その言葉で根本的にΩに幻想を抱いているのだろうなと嗤ってしまう。  羽琉と呼ばれたΩの彼はそんなにも弱い存在なのだろうか、オレはそんなにも弱く見えるのだろうか。  言いたいことは沢山あったし、言うべきことだって沢山あったはずだけど、そんな時でも強いαの庇護があればと打算が働いてしまう。  マーキングなら両親からされているけれど、強いαからのマーキングは自分を守るために必要だと妥協する。 「じゃあ、お願いしようかな」  そう答え、話は一段落したと校内案内の続きをしてもらいそのまま駅まで一緒に向かう。  並んで歩きながらもポツリポツリとお互いのことを話す。  オレの両親は男性αと女性αであること。  自分も身長のせいもありαだと思っていたこと。  Ωだと知らされた時には何かの間違いだと思い、再検査したこと。  両親はΩだからと言って態度を変えることはなかったけれど、αだと思っていた息子がΩだったせいで過剰なまでに心配をするため少し居心地が悪いこと。  いわゆる〈お利口さん〉の多いこの学校を勧めたのは両親で、通学に困らないように引っ越すと言った親を必死で説き伏せ電車通学を認めさせたこと。  αだと思われていたせいで何でも自由に行動できていたのに、Ωだと知らされたその日から制約ばかりで少し辟易していたこと。 「だから電車での移動は嫌いじゃないんだ」  そう言って笑えば目を逸らされた。  自分のことをαだと思っていたのにαではなかったと言ったオレを可哀想に思ったのかもしれない。  翌日は駅の改札を出ればエスコートすると言った言葉の通り向かいの電車が着くのを待っていると、電車から降りた燈哉がオレの隣に並ぶ。人の流れに乗らずに立っていたせいで目立っていたのかもしれない。  隣に立つ燈哉に少し近すぎないかと文句を言えばマーキングのためだと言われてしまい、触れそうで触れない微妙な距離のまま学校を目指す。  肉体的な接触が無くても一緒に過ごすだけでマーキングできるというのは一般的な認識なのか、強いαの特権なのか。  そして思い出す昨日届いたメッセージ。  前日にクラスメイトのふたりのΩから送られてきたメッセージは俄かに信じられない話が多く、真偽の程を確かめようにも何から聞けばいいのかのきっかけが見つからず、燈哉が説明してくれた学校の特色は全く頭に入ってこなかった。 「羽琉に涼夏のこと、話してみるから」  気付けば校門にたどり着いていて、そんな言葉と共にそれぞれの場所に向かう。燈哉は駐車場に向かい、オレは昇降口に向かう。  教室に着いてすぐにお礼のメッセージだけは送っておいた。燈哉の行為を当たり前だと受け入れてはいけないと、自分を戒めるために。  オレと別れた後で色々と大変だったと聞いたのはその日の放課後だった。 「αとΩの体液が混ざるとお互いの香りを纏うだなんて、知ってたか?」  疲れた顔をした燈哉が「政文にヤったのかって言われた」とため息を吐く。  何の話をされているのか理解できなかったけれど、昨日のオレの行動が不味かったのだろうと悟り、とりあえず謝罪する。 「ごめん、そんなこと知らなかった…」  そして、その言葉を受けて説明された【香りを纏う】という言葉の意味。  αのマーキングの方法は人それぞれだけど、今朝のように一定の時間を一緒に過ごしたり、ハグをしたり、恋人関係ならキスをしたりという軽いものから、自分の体液を相手に付着させるなんて軽くしていい行動ではない行為まで多義に渡ること。  相手に付着させる体液によってマーキングの濃度も変わってくること。  そしてそれは、αのΩに対する庇護の証であって、その行為によってΩの香りが残り香として香ることはあっても混ざり合うことはないということ。  その時に触れるだけのキスならマーキングだけしかできないけれど、舌を絡めてしまうと体液を交換した事になるのだと言われ、お互いに気不味い思いをする。 「Ωとしか付き合ったことないし、体液交換するようなことしたことなかったから全然知らなかった…。  うち、両親そろってαだからそんな話聞かされた覚えもないし。  そっか、もしαと付き合ってたら自分がΩだって、もっと早い段階でわかってたのかも」   「付き合ってた相手、いたんだ?」  気にするのはそこなのかと少し呆れたけれど、燈哉こそ経験豊富そうだけどと言いたかったけれど、今大切なのはそんなことではないと口から出かかった言葉を飲み込んだ。
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