第一章 起動

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第一章 起動

 夜、長谷川 健人(はせがわ けんと)は、孤独を噛みしめていた。  昼間に会社で、相当凹む出来事があったのだ。  仕事で失敗したわけでは、ない。  30歳を過ぎたばかりだが、課内で係長を務めるほどに優秀だ。  第二性がアルファなので、顔立ちはシュッとした印象で華やか。  もちろん、体格にも恵まれている。  学生時代の成績は良く、スポーツも楽にこなしてきた。  それでも驕ることなく、誰にでも親切な性格は周囲に好かれた。  そんな健人なので、社内でも人気があり頼られる存在だった。  ほんの、昨日までは。 「父さん、母さん。辛いよ。とっても……」  写真の中の両親は、永遠に変わらない笑顔を、健人に向けている。  二人は、彼が20代の頃に、交通事故でこの世を去った。  飲酒運転の暴走車に、追突されたのだ。  あっという間に、両親を一度に失った、あの日。  その晩以来の孤独感を、健人は味わっていた。  いずれは二世帯で住みたいね。  そんな願いを込めて、父と母が遺した大きな一戸建ては、今の健人には広すぎる。 「この家で、一緒に暮らしてくれるパートナーが、現れたと思ったのに」  うなだれて、そうつぶやく健人の手には、ジュエリーボックスが。  彼は今日、プロポーズに失敗したのだ。
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