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Under 桜
桜の前では奇妙な緊張感を漂わせた2人の男女の高校生、もとい芽以と俺がにらみ合い、2人の男女の高校生、もとい貴乃と凱がカバンからジュースを出してバカウケをお茶請けに面白そうに騒ぎ立てていた。
「お前らうるせぇ!」
なるほど、校舎裏の桜の木の下で告白ってのはテンプレート中のテンプレートだ。それだけに今日この日に限っては嘘くささが倍増する。俺はもはや、何を信じていいのかさっぱりわからなかたった。
「おい、凱。それでどうするっていうんだよ。ここでやり直すってのか」
「桜には神が宿るっていうだろう? だからお前たち2人にはここで決闘をしてもらう。負けたほうが勝った方の言う事を1つだけ聞く、いいな」
「は? いいわけないだろ。お前何言って」
だいたい俺が知りたいのは告白がガチかウソかなだけだ。なんで決闘だなんて物騒な話になるんだよ。全然噛み合ってない。
けれども目の前から殺気を感じた。目の前、つまり芽以はすでにやる気に満ちていた。そのせいか呼吸は酷く粗く顔は上気して赤い。
「おい凱、やめてくれよ、いくらお前が厨二病こじらせてるからって」
「亮平! 神妙に仕る!」
「お、おい芽以、落ち着け。お願いだから冷静に、どうどう」
そして俺は足元、もとい桜の足下に丸い円が描かれているのに気がついた。やべ、これ相撲の土俵じゃん。そう思った瞬間、芽以は俺に突進する。スローモーションで撮れば土埃を舞い上げながら俺に迫りくるその姿は、なかなかの迫力だろう。なんでアイツらスマホをこっちに向けてるんだ。
けど、俺にそんなことを考える余裕なんてすでになかった。
ヤバい、ガチだ。芽以はコアなほうの相撲好きだ。小学生のころは女子相撲部に所属するという黒歴史を打ち立てている。最初の突進をなんとかかわしても芽以の土俵際の切り返しは鋭く、真面目に相手をしないとすぐにでもうっちゃられてしまいそうだ。
芽以瞳に狂気が宿る。
もはやなにがなんだかわからなくなってきたが、芽以にとって相撲は神聖なものだ。適当にあつかっていいものじゃない、のは理解した。ほんとにそれどころではない。
腰を落とし膝に力を入れる。突進してきた芽以とがっぷり四つに組む。するととたんに2人分のヤジが飛ぶ。
「黙れこの野郎!」
けれども芽以の踏み込みは止まらない。さらに足に力をいれようとして、思わず右足に力を込め、そこねた。つまり滑った。ハイカットのバッシュはくるぶしの動きを阻害し、芽以の突進力を地面に流すのを妨害した。その結果、俺の体はふわりと後方に傾き、気がつけば背中の衝撃とともに空を見上げていた。
そういえば小さい頃はよく芽以と相撲をしていたな。あの踏み込みをみると……ひょっとしてまだこっそりやってるんだろうか。まじで?
「……天気いい」
なんだか全てがどうでもよくなった。この晴れ渡った青空に比べれば、俺の、というか嘘かどうかなんてちっぽけな悩みなんてどうでもよくなってきた。もう考えるのが面倒くさい。
「芽以ちゃんの勝ちだ」
凱が何故だか高らかに宣言する。目の前に伸ばされた芽以の手を取り、起き上がる。普通は逆じゃないかと思う。
「芽以ちゃん、亮平にさせたいことは」
芽以はゴクリとつばを飲み込む。まじか。
「亮平、返事」
「はい?」
「私、亮平にコクったじゃん」
「……あれはマジなの?」
「奉納相撲に嘘はつかないわ」
これ、奉納相撲だったのか。つまり何かが神に捧げられたのだ。そうである以上、……嘘じゃない。
それはなんだかすんなりと納得できた。これが芽以じゃなければ全部含めて疑うが、芽以は相撲ガチ勢だ。そのことはよく知っている。
「よろしくおねがいします」
その答えは我ながら相撲部屋の弟子入りのようにも思えたが、ともあれ芽以が満面の笑みを浮かべたので、良しとする。
「おっし全部上手く収まったな」
「凱、てめぇはあとで覚えてろ」
「えっ何で?」
Fin
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