特殊詐欺

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4月1日 10:35 「もしもし、母さん?俺だよ」 「もしもし……ああ、亮介。どうしたの、珍しく家電に電話なんかくれて」 「うん、あのさ、俺、どんでもないことやっちまってさ」 「どうしたのよ、一体」 「うん。会社の金の入ったカバンを電車に置き忘れちまったんだ」 「えっ?」 「それで、鉄道会社の人にも問い合わせたんだけど、見つからないんだ。誰かが持っていっちまったらしいんだ。どうしよう。二千万円の小切手なんだ」 「二千万!?」 「今日中に、支店に届けないと、ばれちまう。俺、クビになっちゃうよ。母さん、どうしよう。母さん、助けてよお」 「……二千万円有ればいいのね。わかった。母さん何とかするから」 「本当?助かった!母さん、有難う!じゃあ、俺の替わりに会社の後輩を取りに行かせるからさ。何時くらいにお金用意できるかな」 「そうね。午後二時までには用意しておくわね。で、どなたが見えるの?」 「うん、森田って奴を行かせるから。有難う、母さん。本当に助かったよ」 「今度からは気をつけるのよ。まったく、いつまでたっても手のかかる子ねえ」  あーあ、まったく。手がかかるのはお袋の方だよな。エープリルフールだから、ちょっとあんなコテコテな芝居をしてみたんだけど、手も無く信じちゃってんだから。確かに俺の携帯番号で、電話したのも俺自身だけどさ。でも、あんなベタな話、信じるか、フツー?色んな所で毎日毎日啓蒙活動も行われてるってのにさ。最近はAIでやろうと思えば、俺の音声まで完コピだって出来るし、会話だって普通に出来ちまうしな。老人の一人暮らしはやっぱり危ないよ。どれ、二時頃になったら、電話して種明かしするか。お袋、びっくりするだろうな。 4月1日 13:50 「もしもし、亮介?」 「あれ、もしもし、母さん?ああ、俺だよ……あれ、どうしたの?」 「今、森田さんて方が見えてね。無事にお金渡したわよ。丁寧な方ね」 「えっ?お金渡したって……ちょっと、どういうこと?」 「どういうことも、何も、午前中にあんたが電話で言ったんじゃないの。会社の後輩の森田さんて人を行かせるからって。ちゃんと二千万円お渡ししたわよ」 「えーっ!?」 「もしもし、亮介。どうしたのよ。まだ足りないの?」 「……いや、母さん、さっきの俺の電話は嘘だったんだよ!俺はお金なんか置き忘れてないんだ!」 「えっ嘘なの?なんでそんな嘘ついたのよ」 「その……四月一日だから、その、エープリルフールってことで、ちょっと……それに、母さんが電話一本で騙されないかどうかテストしてみたかったから」 「まったく、なんなのよ!人を試すような嘘までついて。母さん、まだそこまでボケちゃいないわよ!」 「それにしても、こんな偶然ってあるのかな。俺がたまたまついた嘘と全く同じ内容の詐欺がリアルで発生するなんて。森田って架空の使いの名前も、金額まで一致してるなんて。一体どういうことなんだ……」 「知らないわよ。まったくあんたが変な事するから、二千万円持ってかれちゃったじゃないの。あんたのせいよ!」 「母さん、ごめん……」 「老後のために貯めていたお金を……自分の息子のせいで失うなんて……母さん、もう情けなくて……」 「母さん、泣かないでよ。ごめん。本当にごめん。俺が悪かったよ。母さん、お願いだから泣かないでよ。母さんの老後は俺が全部責任もって面倒みるからさ。そうだ、前から思ってたんだけどさ。これを契機に一緒に暮らそうよ、母さん」  まったく、いつまでたっても本当に子供なんだから、困ったものね。あんなベタな話に、本当にあたしがひっかかったとでも思ってるのかしら。なめられたもんだわ。端から信じちゃいなかったけど、こっちもエイプリルフールの洒落だと思って、ひっかかった演技をしたんだけどね、ふふ。あたしみたいな素人のお芝居に、ころっと騙されちゃって、本当に亮介ったら、昔っからそそっかしいんだから。 4月1日 22:10 「もしもし、お義母様。夜分すみません」 「もしもし、ああ、美奈子さん。どうしたの?こんな遅くに」 「亮介さんから聞きました。この度はとんだことで」 「ああ、聞いたのね?そう言えば亮介は?」 「今、お風呂です」 「ああ、そうなのね。もう、本当に悔しいやら情けないやら」 「それで、あの、お義母様。怒らないで聞いて欲しいんですけど…… その、あの詐欺のお話しって、ひょっとしてお義母様が亮介さんを懲らしめようとなさったんじゃないかなあ……なんて思ったりしたもんですから」 「……」 「ええ、そそっかしい亮介さんをびっくりさせて、しっかりさせようと思われたのかなあとか思ってるんですけど……違ってますか?」 「……やれやれ、もう少し隠しておきたかったけど、やっぱり、バレちゃったみたい。貴女にはお見通しだったのね」 「ええ、私も初め聞いた時にはびっくりしたんですけど、流石に偶然に同じ内容の詐欺が実現するっていうのは、かなり可能性が薄いかなあと思ったものですから。で、お義母様、もう亮介さんもかなりまいっているみたいなんで、そろそろ許してあげていただけないでしょうか?」 「……許すも何も……もともと変な嘘をついたのはあの子の方なんだけどね。まあ、貴女がそう言うんなら……大体、エイプリルフールの冗談なんだから、真剣に嘘をつき通すほどの話じゃないし」 「有難うございます!何よりお義母様の老後が無事だったのが何よりです。本当、私も最初に聞いた時はどうなることかと思いましたけど。でも、ジョークで済んで本当に良かったです」 「……まあ、良かったと言えば良かったわね。それにしても美奈子さん、貴女は本当に聡明ね。これからも亮介をよろしく頼むわね」 「いいえ、私なんて本当、何の取り柄も無い人間ですから。じゃあ、今のお話しは、亮介さんがお風呂から上がったら、私からお伝えしておきます。多分、折り返し自分からお義母様に電話すると思いますけど」 「私もそう思うわ、本当に何でもお見通しね、ふふ。じゃあ、美奈子さんお電話有難う。亮介が色々お騒がせしてごめんなさい。本当に、あの子ったら」 「こちらこそ有難うございました。では、失礼します」  良かった。これでとりあえず老後のお金もちゃんとあるって話も、本人の口から引き出せたわけよね。本当、さっきは横で亮介の電話聞いててハラハラしたわよ。これを契機にあのババアと同居ですって?冗談じゃないわ、まったく。 [了]
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