夏の夜、宴のあと

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 上田さんの家に着いてすぐシャワーを浴びて、先週置いたままにしていったルームウェアに着替えてリビングに出たら、上田さんが私を見て少し笑う。 「え、なに?」 「いや、普段のなつに戻ったな、と」 「あー、さっきのワンピースは珍しいでしょ」  普段は相変わらずジーンズばっかりで、暑くなってからはショートパンツも履くけど、基本はパンツ派だ。  だけどさっきまで着ていたのはリゾートっぽさもあるキャミソール型のワンピースで、撮影以外では今まで着たことがないタイプのものだった。 「うん。似合ってたよ」 「あ、ありがとう。……あのね、上田さん」 「うん?」  彼は手元のスマホに戻しかけた視線をまた私に向けた。 「あのね……あたし、黙っていたことがあって、……怒られるかもしれないけど」  心臓がドキドキと音を立てるけど、指先は冷たくなる。 「何?」 「うん……先週、泊まった日に、お留守番してたときに……あの人が、来たの。上田さんに会いに」 「あの人……」 「……越原杏子さん……。でも、上田さんいなかったから」  ルームウェアのポケットから、あのカードを取り出して上田さんに差し出す。  この一週間、何度も出し入れしてたせいで角は折れてるし全体的にシワになってしまっている。 「これを、渡してって言われて、……でも、言えなくて……一週間も経っちゃって」  彼はそれを手に取ってじっと見つめる。 「ああ……あ、だから昨日、あんな顔してたのか」  と、カードを見たまま少し苦笑する。 「……あたし、……ごめんなさい、あたし、……こわくなって」  声が震える。  しばらくカードを見つめていた上田さんが私の顔を見た。 「……なつ」 「……これを見たら……会いに行きたくなっちゃうかもしれないって……」  自分が悪いのに、なぜか涙声になる。  不安な気持ちを口に出すと、それに飲み込まれてしまう。 「上田さん、ずっとやさしくしてくれて、……ほんとに、うれしくて……でも、だから、余計に、……信じているつもりだけど……あたし、勝手にそんなふうに思って、……ごめん……」  うまく言葉にできなくて、泣いてどうにかなるわけじゃないんだから、ぐっとこらえるけど、どうしたってもう泣き声だ。 「……ごめんなさい……」 「いいんだ、ごめん、なつ」  上田さんが近づいて、抱き寄せてくれるから、その肩に寄りかかった。  彼は私の頭をそっと撫でてくれる。 「不安にさせて、ごめん」  その言葉に私は彼の肩に顔をつけたまま、首を横に振る。 「……僕はずいぶんと、なつに甘えているみたいだ」 「そんなこと、あたし、全然……」 「ちゃんと伝えることもできてないのに、信じろって言う方がおかしいよな。……なつ」  顔を上げると、目の前にはまっすぐに私の目を見つめる彼がいる。 「……好きだ」 「……上田さん……」  彼の言葉に、またじんわりと目の前が霞んでいく。  ほんとうはずっと彼を見ていたいのに、見えなくなってしまうから、まばたきをしたらぽろぽろと雫が落ちて、止まらなくなる。 「好きだよ、なつ。だから、今はそばにいて」  額を合わせて、彼は私の頬をぽろぽろ落ちていく涙をそっと手のひらでぬぐう。 「……うん」 「他の誰でもないから」 「うん」 「彼女には……今日、会ったんだ、仕事で」 「あ……そう、なんだ」  知らなかったけど、でもそういうこともあるとは思っていたけど。 「なつには……変に心配させることになるかなと思って、言ってなかったけど……ちゃんと言っておけば良かったな」  また小さな声でごめんと呟く。 「え、いや、別に……」 「でも、……ただ、なつのことを思い出してた」 「え……」 「なつの誕生日だったから、さ」 「上田さん……」  そして、そっと唇が重なる。 「……怒らない?」 「何が?」 「伝言、ちゃんと言わなかったこと」 「今回は、仕方ないさ。僕がなつの立場だったら、かなり動揺するだろうしな」  と、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「……ありがと」  彼は返事の代わりにやさしく笑って、また唇を重ねた。
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