忘れられない夏になる

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「あ、えっと、おつかれさま……っす」  なんだか急に照れ臭くなって変な挨拶になって、上田さんに笑われてしまう。 「あ、こんにちはー、お疲れさまです」  と和音ちゃんも挨拶をする。  上田さんはTシャツにジーンズのラフな格好に、仕事中にいつもしているように髪を無造作なハーフアップにまとめている。  スタッフパスをなぜかふたつも首から下げたうえにスタッフ腕章もつけて、カメラを二台肩にかけていた。 「スナップ?」 「そう、バックステージとか、お客さんとか。あとであちこちの雑誌でイベント裏話な記事を作るらしい」 「かけもちですか?」 「うん、三誌ほど。今日はカメラマン何人もこうやって撮ってるから油断できないよ」  と、スタッフパスを私たちにひらひらして見せた。  それぞれの雑誌でスタッフパスか腕章があるらしい。 「わー、なんか普段着なんだけど」 「もらったイベントTシャツに着替えとく?」 「いや、私服スナップ撮らせて」  と、上田さんが笑ってカメラを構えたとき、 「あっ、俺も入れて」  と私と和音ちゃんの間にマサヤが割り込んできた。 「あー、うん、どうぞ」  どうぞじゃないよ、と思ったけど、我慢して笑顔を作った。 「なつ、もうちょっとちゃんと……」  カメラの液晶画面を確認しながら少し苦笑いするのは、ほんとうは私の今の気持ち、わかってるのかな。  たぶんちょっとどころじゃないくらいには表情が固い。 「ちょ、無理。だって、……緊張してきたし」  さすがにマサヤがいるのは嫌とか言うのは子どものワガママと変わらないってわかってるから、緊張しているせいにしておく。 「ああ、こういうの初めてだもんな。それもあるか」  と、ちょっと肩をすくめる。  今『も』って言ったよね。  やっぱりわかってくれてるんだな、と、ちょっとうれしくなった。 「あ、うん、さっき和音ちゃんと観客席見てきて、すっごい人だった」 「そうだな、でも、昨日のリハーサルはうまくできてたんだし、同じだと思えば大丈夫。実際は客席暗いからあまり気にならないってみんな言ってる」 「あ、ありがと」 「がんばれ」 「うん」 「和音ちゃんも、がんばって」 「はい、ありがとうございます」 「じゃ、僕は仕事してくる」  と、上田さんは笑って小さく手をひらひらさせて私たちのそばから離れた。 「うん、いってらっしゃい」  私も手を振って上田さんの背中を見送ったその時、マサヤが上田さんにも聞こえるくらいの声で 「今の彼氏?」  と聞いてきた。
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