256人が本棚に入れています
本棚に追加
もやもやの塊
それから、ステージでのことは半分くらいよく覚えてないけど。
「そんなんでよくあれだけ歩いたよね。余裕そうに見えたよ?」
と、和音ちゃんは呆れた顔をするし、かのんちゃんは大笑いするけど。
「全然、頭の中真っ白で。ちゃんと歩けてたなら良かったわ……」
ファッションステージが終わってアイドルグループやアーティストのライブが始まった頃、私たちはホテルのホールに場所を変えて出版社が主催する打ち上げパーティーに出席していた。
ショーの間にいくつも靴を履き替えて、その中には足に合わないものもあったせいで足が痛くて、早く楽な靴に履き替えたいくらいだけど、ドレッシーな服装でと決められていて、結局ここでもピンヒールだ。
私の足には左右二枚ずつの絆創膏が貼られている。
パーティには出版社の偉い人なんかも来ているようだけど、あまりよくわからない私たちは、会場の端にセットされていた椅子に座ってまわりを見まわしながらおしゃべりをしていた。
「一年、あっと言う間だったなぁ」
札幌から東京に来て、もうすぐ一年。
いろんなことがあったし、今こんなふうにショーに出てその打ち上げパーティーにいるなんて想像もしていなかった。
そして、上田さんとのことも、そう。
今みたいに付き合ってるなんて、出会ったときにはもちろん、セックスするようになった頃だって、考えてなかった気がする。
「一年でいろいろ変わったかも」
「そうだよねー」
「あたしたちさぁ、一緒にデビューした同士、これからも仲良くしてね」
「うんうん、仲良くしてねー」
って笑っていたとき。
「モデルさんたち、そんな隅っこで何やってんの」
と、聞きなれた低い声が聞こえた。
「あ、上田さん」
顔を上げたら、光沢のあるダークグレーのスリーピーススーツを着て、さっきまでのラフな髪型ではなくスタイリング剤をつけてきちっとまとめたハーフアップにしている。
そしてやっぱり肩にカメラをかけた上田さんが苦笑していた。
「お疲れさまです」
「パーティーでもスナップ撮るんですか?」
「うん、ドレスアップしたところを撮ってって言われてるから」
パーティに出席している人はみんなフォーマルなスーツやドレスで、私は背中が開いたホルターネックの黒いワンピースだし、和音ちゃんはサテンのバルーンスカートがかわいいベビーピンクのドレス、かのんちゃんはスパンコールがキラキラしているタイトミニのドレスがK-POPアイドルみたいでかっこいい。
そして上田さんも。
「ていうか、あたし、上田さんのスーツはじめて見たかも」
「そうだっけ」
と、彼は首をかしげるけど。
背が高くて、細身ではあるけど肩幅あって体格はいいタイプだから、スーツがすごく似合っててかっこいい。
深い赤のネクタイと、シャツはピンクを選ぶところが、意外なようでおしゃれっぽいし。
普段はシンプルでちょっと地味なくらいの服装してるのに、そのへんにいる男性モデルよりかっこよく見えるとは……。
「上田さん、かっこいいですね」
って、私が見惚れているうちに、和音ちゃんはさらっと言ってしまう。
「そうかな」
そこでいまいちピンと来ないような顔をするのも、上田さんらしいけど。
「モデルやってたことあります?」
「いや、ないない」
と笑う顔もほんと好きで、和音ちゃんやかのんちゃんみたいに普通にしゃべれなくなっちゃってる。
でもこうやって誰かと話して笑ってる彼っていうのを見るようになったのはごく最近だ。
ちょっと前の撮影のときに、メイクの佐藤さんが『一歩引いてるところがあった』と言っていたのを思い出す。
最初のコメントを投稿しよう!