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一瞬、すれ違う
それから数日たったある日、私は撮影の後に事務所に寄って打ち合わせをしているときに、何度も携帯電話の通知音が鳴った。
「わ、すいません、マナーにしてなくて」
今後の私の仕事についての打ち合わせだったのに、いきなり失敗な雰囲気。
マナーモードに切り替えつつ画面をちらっと見ると、『mii』の同期メンバーの名前が見えた。
「まあ気にしないで。とりあえず今言ったいくつかの契約だけでも、今までと変わらないどころか、お給料アップ見込めるわよ」
「ほんとに? やったぁ」
『mii』でも引き続き契約してもらえたし、他の雑誌にも声をかけてもらえたみたいで、三誌で契約することになった。
あとは上田さんの紹介で、上田さんの知り合いが立ち上げた新しいブランドのイメージモデルとして一年間の契約をしてもらえて、それが一番大きな仕事のようだ。
「がんばります!」
ピシッと背筋を伸ばして敬礼のポーズをしてみせると、社長は
「去年はほんとお仕事なくて悩んでたのが、嘘みたいね」
と笑うけど、まだあまり冗談にならないと思う。
「いやいや、油断しちゃだめなんですよ、きっと」
「前の垢抜けなさもそれはそれで良かったんだけど」
「えっ、そんな感じでした?」
「まあね、でもほんと、ピュアな部分は残しつつ大人っぽくなってきたかな」
「ピュア……」
バージンじゃないし、それよりも彼とあんなこととかしてたけどそれでもピュアって言っていいんだろうか。
「あら、違う?」
「いや、ピュアです、ピュア」
「好きな人ができたのも大きいかな、きっと」
「は? や、やだぁ、何ですか急に」
「うまくいってるらしいって聞いてるけど?」
と、社長はニコニコと笑顔を見せたけど、私はドキッとしてしまう。
「うわ、どこから」
「いいのよー、恋っていいものよ」
社長は四十代だけど結婚はしてなくて、でもとっても美人だし、噂では素敵な彼氏がいるらしいけど、私はまだ見たことがない。
「はぁ、まあ、そう、ですね」
「今度飲みながらゆっくり話しましょ」
「や、ちょっと、こわいなぁ……」
「残念だけど今日は別の予定があってねぇ、そろそろ出なくちゃ」
と、高級そうな腕時計を確認して席から立ち上がる。
「あ、はーい。お疲れさまです」
「上田くんによろしく言っといて。いい仕事ありがとうって」
「あっ、あ、はーい」
社長が出て行く背中を見送ったあと、さっき携帯電話に入ってたメッセージを確認してみると、同期メンバーとその前のメンバーが数人、この前のショーに参加していたメンバーでグループができていて、全員でメッセージのやり取りができるようになったみたいだった。
迷わずそこに参加するように設定する。
年も同じくらいの、仲良くしてる人たちだけど、フリーになると今までみたいに週に一度は必ず会うってこともむずかしいだろう。
こうやって繋がりがあるのはいいなって思う。
……そう思ってたけど。
「えー、ちょっと待って、なんで?」
自宅のワンルームのベッドに寝転がって携帯電話を見ながら、思わず声を上げた。
夜になってそのグループに知らない名前が増えている。
知らない名前どころか、マサヤって文字とアイコンの写真に見覚えありすぎて。
あわてて個人的に和音ちゃんにメッセージを入れてみる。
『グループに知らない人と知り合いたくない人がいるんだけど、なんで?』
と入れるとすぐに返事が来た。
『一緒に歩いた男性誌のモデルにも声かけちゃったみたいなんだよね。わたしもイヤだって言ったんだけどー!』
メッセージと一緒に、怒った顔をしたうさぎのキャラクターのイラストも送られて来た。
やっぱりそのメンバーか……。
『マサヤと繋がり持ちたくなかったんだけどな。』
これが一番の困ったところ。
でも、だからと言ってグループを抜けるのも感じ悪いようにも思うし。
『今度、女の子だけでグループ作り直して、フェードアウトするしかないねー。』
と和音ちゃんからメッセージが届く。
「はぁー……」
大きくため息をついて、ガッカリした顔のクマのイラストを送信しておいた。
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