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思い切って立ち上がると、
「え、でか」
と、想像したとおりの言葉が聞こえて、思わず舌打ちする。
それと同時に同じように舌打ちが聞こえて、
「おい、人の女に手出すなよ」
と、聞き慣れない言葉づかいで聞き慣れた声が聞こえてきた。
「なんだよ、男いんのかよ」
そんな一言を残してその男たちが逃げるようにいなくなって、そこには憮然とした表情の上田さんがいた。
「上田さん……」
彼は男たちの背中を睨んでもう一度舌打ちして、視線を私に向ける。
道路の向こう側にハザードランプを点滅させてヘッドライトをつけたままの彼の車があった。
「何やってんだよ、こんなとこで」
「……か、帰ろうと思って」
私の返事を聞いて、彼は長いため息をついた。
「……ばか」
「や、なんで、……なんで来たの」
「なんでって……探してた」
その言葉を聞いて、思わずうつむく。
「…………」
「なつ」
「や、だって、やだ」
「意地っ張り」
「わかってるけど、だって」
意地っ張りって言葉どおりだってわかってるけど、素直になれない。
「帰るぞ、もう……ばか」
「ばかばか言わないでくれる? それに、あたしの家じゃないもんっ」
「いいから、車乗れ」
命令しないでよ、って言ってももう有無を言わせない雰囲気だ。
「…………」
黙り込む私の背中を押して、道を渡って車の助手席に押し込む。
そして彼は運転席に乗り込んでから、はーっと大きくため息をついた。
「……いて良かった」
「え……」
「ばか」
と、私の頭を力を込めてがしがしと撫でたから、私の髪はくしゃくしゃになる。
「だから、ばかって……」
言わないでよ、って言うつもりだった言葉が途中で切れて、私の目からぼろぼろと涙がこぼれた。
夜中にひとりで外に出てしまって、ほんとうは不安でたまらなくて、あんなふうに知らない人に声かけられて怖かった。
ケンカした腹立たしさで紛れていたけど、頭を撫でられて思わずホッとしてしまったんだ。
「……ごめん」
車が動き出してぼそりと呟く声が聞こえた。
「ちょっと、……大人気なかった、です」
「……えっ…と……え?」
手の甲で涙を拭って隣を見ると、彼は前を向いたままバツの悪そうな顔でハンドルを握っている。
「あいつが、なつにちょっかい出してるのは知ってる。この前のイベント見てればわかってた。……だから、気に入らなくて」
「え……もしかして、ヤキモチ? だって、この前は全然……」
イベントのときはそんな素振りは見せなかったけど。
「あんなときにあからさまにそんな顔はできないだろ……だから、あいつが近づいたときにはなつのそばに行くようにしてたし」
そうだ、ショーの前もパーティでも、マサヤと会ったときにはだいたい上田さんとも会っていた。
「そう、だったんだ……」
偶然としか思っていなかったから、ちょっと驚いた。
「……それに、そんな試すような言い方しなくてもいいのにって、ちょっとイラついて」
「えー、そんなつもりない」
「悪気はなかったのかもしれないけど……」
でも、言われてみればそう受け取られても仕方がない言い方をしてたかもしれない。
「……そう思ったなら、あたしも、ごめん」
と言うと、また頭をくしゃくしゃに撫でられる。
「あと、こんな時間に出て行くな」
「……うん」
「……なつがいないと、よく眠れないから」
彼は運転中だから前を見たまま、小さな声で呟いた。
「え……うん」
ふわっと胸の奥が暖かくなる。
ほんの少し離れかけた心がまた寄り添って近づいたように思えた。
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