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二日後の仕事帰り、和音ちゃんと二人でパンケーキが人気だというカフェに来ていた。
さっき撮影中にハルちゃんから聞いて、撮影後はたまたまふたりともオフだからって無計画に来てみたけど、公園に面した明るい窓際のこの席に座るまで一時間以上も並んだ。
その間にしゃべっていたのは、ほとんどが私で。
「へぇ、そういうのなんて言うか知ってる?」
この前上田さんとちょっとケンカしちゃって、その原因になったマサヤのこと困るって話のはずだったんだけど。
和音ちゃんは眉間にシワを寄せて険しい顔をしている。
「ええ? ヤキモチ?」
「ちがーう、痴話げんかって言うんだよー! なんだよ、結局ラブラブじゃんかー」
「えー? いや、まあ、そうかな、うん」
「なんだよぉ、いいなぁ」
「え、えへ」
「ラブラブの話を聞いてあげたんだから、今日はなっちゃんのおごりね」
「ええっ、和音ちゃんお嬢様なんでしょ? お金持ちなんでしょ?」
「それとこれとは別なのっ」
「えー……マジかぁ」
「あと、ちょっとおもしろい話教えてあげる。これ聞いたらやっぱりあたしにおごってあげなきゃって思うよ」
「なに?」
「あのマサヤねぇ、この前のパーティのときに声かけてた女の子いるじゃん?」
「うん、いたね」
「あのあと、これ、見て」
とバッグの中から紙を一枚取り出す。
「なに?」
なにか雑誌をコピーしたもののようで、渡されたそれを見ると、夜の街で撮られたモノクロ写真だからはっきりとは写っていないけれど、どう見てもマサヤと、女の子がふたり。
「これ撮られて事務所にがっつり怒られたみたい。来月からドラマ出るって話だったのに」
「えーっ、なくなっちゃったの?」
「そうみたいだよ、アイドルっぽい売り方するつもりだったらしくて……あ、あの人の事務所に知り合いがいるの、それで聞いたんだけど」
そこで注文していたパンケーキが運ばれてきて、会話は一時中断になる。
ふわふわの厚いパンケーキ二枚にたくさんのベリーとソース、その上にバニラアイスとホイップクリームが乗っていて、見た目はボリュームがあるけど、スフレタイプのパンケーキは軽い食感でペロリと食べられると言うのは、ハルちゃんから聞いた話。
和音ちゃんはSNSにアップするための写真を撮ってから、いただきますと手を合わせた。
そこでまた話の続きに戻る。
「あの人そんなもう芸能人だったんだね」
あんまりテレビ見てないから知らなかったけど、モデルの仕事しつつタレントの仕事もしている人も少しいる。
でもそんな人はひと握りだと思う。
「うん、なんかカラオケ番組に出てた。すぐチャンネル変えたけど」
「えー? 歌上手いの?」
「知らなーい。なんかそういうバラエティ番組、わたしも見ないんだけど、わりと出てるみたいだね」
受け取ったコピーをよく見てみると、確かにドラマデビュー前のタレントという表記をされている。
「あの女の子たち、週刊誌のバイトみたいな……?」
「いや、まさかぁ。……そんなん怖すぎない?」
パンケーキにナイフを入れながら、和音ちゃんがため息をつく。
私も同じようにパンケーキを切りながら、肩をすくめて苦笑いした。
「マネージャーがしっかりくっついて送迎して、スマホもチェックされるんだって。たいへん」
と和音ちゃんは肩をすくめて笑った。
「あー、マジで? ほんと、誰でもナンパするからだよねぇ」
恋人がいるのに好きでもない人に絡まれて、どんよりした気持ちがあったのが、一安心といったところかな。
「そんな情報知らなかったよ。さすが和音ちゃん」
「でしょー? わぁー、すっごいふわふわ、おいしー」
「うん、ありがとー。んん、おいしーい」
ほおばったパンケーキはしゅわっと口の中でとけるくらいに軽くてふわふわ。
ホイップクリームも甘すぎなくて、ハルちゃんの話のとおりに全部ぺろっと食べられそうだ。
「ところでさぁ、和音ちゃんは、彼氏いないままなのー?」
「婚約してる人はいるけどぉ」
「はっ?」
「あ、ちゃんと知り合いだし、付き合ってるって言えばそうなのかもだけど、でも彼氏とはなんか違うくない?」
「そ、そうかもねぇ」
ちょっとあんまりよくわからないけど、話をあわせておくことにする。
なんだか、不思議だ。
恋愛とか将来とか、それぞれ事情も感情も考え方も違うけど、それぞれ前に進んでる。
「まあ、結婚は大学卒業してからでいいってことになってるんだ」
和音ちゃんはモデルと大学生を両立してやっていて、けっこう忙しいようだ。
「そうなんだぁ」
「仕事はどうなるかわからないけど……でも、友だちでいてねぇ、なっちゃん」
「もちろん」
笑顔で返事をすると、和音ちゃんも笑顔になった。
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