vanilla moon

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vanilla moon

 長袖を着るようになって、天気によっては上着も必要な日もあるような頃、今日は天気が良くて昼間の今の時間は長袖のシャツの袖をまくっていた、そんな日。  都内某所で、私は佐々木社長とあるショップのショーウィンドウを見上げていた。  おしゃれなショップやカフェが軒を連ねる人通りの多い大通りから一本脇にそれた通り、それでも私からしたらじゅうぶんに人が多い、そんな場所にある『vanilla moon(バニラムーン)』という路面店の二階ショーウィンドウに、大きな大きなポスターが貼られていて、そこで私のいくつかの表情と、深いぶどう色のワンピースを着て緑の中に立つ姿が三パターンほど印刷されている。 「……こんな大きいんだ」  服を見せるというよりは、そのブランドのイメージを表現してほしいとの注文を受けて、上田さんが撮影した写真だ。  プライベートな雰囲気で撮りたいという上田さんの要望で、雑誌の撮影より最低限のスタッフさんで撮影したその写真は、自分で言うのもなんだけど、笑顔や空を見上げる顔、カメラを見つめる顔、淡い光の中でどれも活き活きとして見える。  ポスターに使った写真は彼が選んだらしい。  『明るく伸びやかでナチュラル』と説明されたブランドコンセプト通りに仕上がっていて、わかってはいたけどプロの仕事に思わず唸ってしまう。 「ううーん、あたし、こんな素敵に見えますかね」 「いや、なっちゃん撮影してきたんでしょ?」  と佐々木社長は笑うけど、これが自分だとは思えないくらいのものだ。  お店の中では、ポスターに使われたものも含めてたくさんの写真が、穏やかな音楽と合わせてスライドショーとなってモニターに映し出されていた。  自分ではギャザーがたっぷりと取られた真っ白なガーゼ生地のシャツとジーンズのコーディネートが気に入っていて、髪が風になびいてシャツがふわりと広がる写真がモニターに映るたびに浮き立つような気持ちになる。  その写真はポスターにもなっていたし、いくつかの雑誌やファッション系のウェブサイトには広告として載っているそうだ。 「評判いいですよ、このポスター」  出迎えてくれた上田さんの友達だという、このショップの社長である藤嶋さんがそう言って笑顔を見せた。 「お客さまがみんな素敵だって言ってくださってます」 「ありがとうございます」 「いいモデルさんがいてよかったです。またよろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします」  と佐々木社長とふたりで頭を下げた。 「あと上田にもよろしく伝えて」 「あ、はい」  私が思わず目をパチパチさせて返事をすると、藤嶋さんがいたずらっぽい笑顔を見せた。  撮影の前に一度、上田さんとふたりで藤嶋さんに会いに行ったから、私たちのことは知られているからだ。
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