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秋
「天野、頼まれた手紙は届けてやったぞ。」
「ありがとうございます。」
「可愛い後輩の願いは無理してでも聞いてやらんとな。」
「…恩に着ます。」
「うそうそ!全然ヨユーだから!だから、アレだ、元気だしてくれよ。」
「…はい。」
班長の大隅はその空っぽな返事を聞いて、病室を出た。
拝啓、森野様
お元気ですか。
こちらは元気です。しばらく活動に参加できなくなりましたが、すぐに復活できるように、日々トレーニングしています。お守りに救われています。ありがとう。
どうか、お元気で。
天野博明
「巫女殿、これは個人的な差し出がましい意見なのですが、おそらくこの手紙は読まないほうがいいです。私の長年の経験から、そう感じます。」
衛士長の言葉に伸びた手が一度止まった。しかし、もう進むしか無かった。
「橘、よこしなさい。」
「…はい。」
衛士長の橘は、まだ自分の娘と同じ程度の生娘の目が淀む瞬間から目をそらさないではいられなかった。
天野くんへ
大丈夫ですか?活動できなくなったってどこかケガしたんですか?絶対に休んでください!ここで無理して動けなくっちゃった人を何人も見てきたんです!絶対にダメだよ!絶対だよ!
こっちの心配なんていいから、自分のことを心配してください!
森野希里
森野は来る日も来る日も周りに手紙の有無を聞いたが、誰もが悲しそうに首を横に振った。
午後には雪が降ると予報された朝、森野は橘に短い手紙を託した。
橘は黙って受け取った。
天野くんへ
最近手紙が無くて、心配で手紙をしてしまいました。ごめんなさい。
約束、もう忘れていいからね。秘密なんて守んなくていいんだよ。もう、みんながいなくなっちゃうのなんてあきらめたから。みんなが死んじゃうほうが嫌だから。
春から、別の管轄に行くことになりました。どこかは教えません。だから、秘密なんて、忘れてね。
森野希里
「これ、読む?」
「…ください。」
「勧めないからね。」
大隅はそう言って弱々しい筆跡の手紙を渡した。インクはところどころ滲んでいた。
大隅は、もう一通の手紙を天野に渡さずに燃やして、その火で煙草を吸った。
博明へ
お母さんです。私達の住む街が亡くなりました。
うちの地域を守る防衛隊が壊滅したんだって。
だから、お父さんの知り合いが暮らしてる町に引っ越しします。残念だけど、あなたも気をつけてね。
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