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「…なんだよ」 「…なんだよ!!」  天野は左手で握っていた手紙を握り潰し、右腕を振り上げ布団に拳を叩きつけようとした。しかし、手紙は呆気なく潰れるも肘から先が無いその右腕は宙を虚しく空振った。 「お前は別に強くもない。特別な才能があるわけでも無い。でも、やる気が人一倍漲っていたから、採用した。」  大隊長からはそういう風に評された。実際、彼の成績は決して優秀ではなく、訓練中も何度も怒鳴られる日々だった。それでも諦めない性格と、人一倍頑丈な姿が大隅を始めとする上官に気に入られることになり、実地での経験も積めるようになった。  そして、それはそんな実地での訓練中の事故だった。突然発生した【敵】の発生に対して、訓練中だった彼らではただ踏み潰されるだけであった。彼の部隊の三分の一が即死だった。天野は奇跡的に生き残るが、潰された右手はもとに戻せなかった。他にも足などの骨折があるため、訓練から離れざるを得なくなった。彼はリハビリ施設で確実に喪われている日常を、ただ歯ぎしりしながら見届けるしか出来なかった。  左手ではまだ字が書けないために、森野への返事が出来なくなった。そうしている間に、秋が過ぎて冬が来てしまった。返せないままの手紙が重なってしまい、それすらも来なくなったある日、最後の一通が大隅から手渡された。 「こういうのって、忘れるのも大事だぜ。」  大隅の言葉がズシリと残った。  次の作戦を前に、天野は部隊長に脱退届を出そうとした。 「…なんで」 「…なんでっ」  森野は両手でその顔を覆ったが、涙は溢れてこなかった。すでに彼女の目は先の戦いで狙われて、【敵】に奪われてしまった。それから、戦いは負けが続き、彼女は衛士、下官たちと全員で転進することになった。ガラスの義眼では何も見ることは出来なかった。  森野は生まれたときから【敵】に狙われている巫女であった。しかし、そのことを何者かに悟られると、【敵】は近づき、巫女を仕留めてしまう。だから防衛省と宮内庁は極秘裏に【敵】を仕留め、巫女たちにはできるだけ平穏無事に過ごさせる義務があった。しかし身の回りに起こる様々な不幸や奇妙な災害に、その都度囲んでくるスーツ姿の見知らぬ大人に、巫女は己の運命を悟り、【宮】に入る。彼女もそうして、地元の国立大学の学生のふりをして、【宮】で【敵】と対峙し、覚えた護法と己の感覚をもって常人では視認出来ない【敵】の位置を伝えて、部隊で迎撃していった。 「あなたは、他の巫女とも異なる、大変強い力を持ってます。想いの強さが大きな力になります。良くも悪くも。」  長老という巫女からはそういう風に占われた。 しかし、いくら強い力を持っていても、志願者は来ても、それ以上にいなくなる者が多い状況だった。時には仲間や殉職者の家族から罵倒されることもあった。そして、人数が減ることで、自分自身の危険も増えた。 「あなたのせいではありません。すべては私のせいなんです。」  橘の謝罪に対し、森野は怒りも悲しいも湧かなかった。ただ、言葉は耳に入らなかった。  森野は次の作戦で、囮になることを志願しようとした。
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