良太の苦悩 

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◆◆◆  ――この感じ。いつもそう、この匂いがすると大丈夫。とっても欲しくなる。触って、もっと近くで匂い嗅がせて、抱きしめて、ねぇ愛しているって言って……俺を安心させて。 「はぁっ あっ、ひやっ、んんっっ」  急に快感を覚える体。後ろをいじられている? しばらくすると良太の後ろから指が外れたのを感じた。そこで良太の目が開く。するとそこには表情のない勇吾がいた。 「良太君、目が覚めた?」 「ゆ……うご、さん? けほっ、はぁはぁ、なん……で」  良太はなんでの後が続けられなかった。なぜか勇吾の指が良太の中に挿入(はい)っていて、言葉を発せられなかった。頭が痛くて寒い。その体感に熱が出ていたことを思い出した。あの警察は、約束通り勇吾と会わせてくれたと理解した。しかし、勇吾の態度は冷たいままだった。指を入れているのは、決して良太を喜ばせる行為ではないことがこの雰囲気から読み取れる。作業のような感じで淡々と何かをしている感じだった。 「君の中の精液を取ろうと思って、色々検査しなければいけないからね。病気を貰ってないかとかね。君は、(つがい)以外の人と性交渉をして副作用で苦しんでいる。……この意味、わかるね?」  指が抜けて、少し思考が戻った良太は自分が何をしたのかを、一番知られてはいけない人に説明されてしまう。  勇吾はいつもの優しい声ではない。怒鳴っているわけではないが、声は低く明らかに怒っている。病人に向ける顔でもない。まるで熱が出て当たり前、そんなに辛くしているのは誰のせい? と良太は責められているようだった。 「ごめん……なさっ」  良太は涙を流し、精一杯の言葉を吐きだす。そのとき、先ほど求めた香りがした。その方向から声がかかる。 「岩峰先生、もうその辺にしてください。いつまで良太にくっついているんですか? もうお帰りいただいて結構です。この建物には随時、医師も看護師も滞在しています。もう先生はご自分の仕事へ戻ってください。この度はありがとうございました」  それは淡々と語る桜の声だった。いつからそこにいたのだろうか。勇吾が良太の体に指を入れている最中も、桜はそれを見守っていたのだろうか。良太はなぜ? という表情で勇吾を見上げた。勇吾は渋い顔をしたまま、良太の視線を無視して桜と話を始めた。 「もう診察は終わった。後ろはやりすぎたんだろうね。少し()れている。朝夕の二回、軟膏を塗っておくといい。くれぐれもセックスはしないように。まだ病気をもらったか結果はでてないから、君のためにもやってはだめだよ」  勇吾が淡々というそのセリフに、良太の涙が止まらない。今縋らなければいけない相手が誰なのか、自分が誰を求めているのか。誰に対して罪悪感を抱いているのか。それを瞬時に理解した。彼を苦しめていいわけがない。これは桜に対する裏切りであり、勇吾を裏切る理由なんてなかった。それなのに、自分は一番の理解者であった婚約者に、こんなことを言わせてしまっている。泣きながらかすれた声で勇吾を呼んだ。 「ゆうご……さんっ」  良太の言葉は無視され、勇吾は桜に良太の看護方法を伝えている。  発熱はまだ続くが、薬は何も与えなくていい。頭痛薬や吐き気止めを飲んだところで意味はない、そんなことを淡々と伝えていた。 「要は自然治癒力しかない。中に入ったアルファの体液が、汗や尿などで全て出し切らなければ無理だ。水分をたくさん入れて排出させるんだ。差し当たり君のフェロモンが薬だ。キスはたくさんするといい。まだ君の気持ちがあるなら……だけどね。じゃあ僕にできることはないから、行くね」  良太ではなく桜に話を終えると、勇吾は良太を見ることなく出て行った。 「えっ、ゆう、ごさん ……待って、なんで……」  泣きじゃくる良太を振り返ることなく帰った勇吾。良太は婚約者を裏切ったのだから、怒って当然だし捨てられても当たり前だ。そう思ったら涙が止まらなかった。そして、桜と二人きりになった空間で、今度は(つがい)に責められる番だった。 「泣くな」  良太はビクっとなった。この状況をどう理解していいかわからなかった。勇吾に見捨てられ、そして今度は桜に(つがい)解除されるのだろうか。自分の命はここで終わる。望んでいたことだったはず。いつ終わってもいい命。それを最後は最悪の形で、誰からも見捨てられて寂しく死んでいく。  あまりの頭の痛さに、良太はそこで意識を手放した。  意識が朦朧(もうろう)としている中、何度かキスをされた気がした。そしてふと目を覚ました時に、桜に抱きしめられて寝ていた。まだ、生きている。(つがい)の匂いに安心している愚かなオメガである自分に涙がでて、ずっと泣いていた。桜が良太の背中をポンポンとたたく。何も考えず寝ろと言われたのは、なんとなく覚えている。  そして次に目が覚めた時、自分がどこにいるのかが全くわからなかった。最後の記憶は桜の声。見渡すとそこは大きな部屋のベッドルームだった。キングサイズくらいの大きさのベッドが一つ。これまで何度もホテルに泊まっている良太の経験から、そこはなんとなくホテルではないような気がした。ベッド脇には水がある。それを飲んだ。  軽く体を動かしてみると、ぎこちないがちゃんと動くし、筋肉痛が残るくらいでもう気だるさがない。汗をかいたみたいだったので、シャワーを浴びたかった。  ベッドから起き上がるとふらつくが、歩けないこともない。そして寝室のようなこの部屋のドアを開けると、そこはとっても広いダイニングルームだった。大きな窓からは自然光が入ってきていて、家の中なのに、やたらと大きな木がある。  そこには、まるでモデルハウスの住人かのような見栄えのある男がソファーに座っていた。  もう匂いで誰なのかは検討がつく。良太の体にその人の香りが染みついているから。ドアを開けて眩しさにボーっとしていると彼が近寄る。 「良太、もう大丈夫か? 辛くないか?」  良太の両腕を掴んで顔を覗き込み、良太のおでこに自分のおでこをあてて、熱がないか確認していた。うん、大丈夫そうだねと言った。  目の前には、以前と変わらない態度の(つがい)がいた。
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