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同じベッドで寝ることは男同士で気にならない……なんてことはない。女の子同士ならまだありかもしれないが、なぜ男と寝なきゃいけないのだろうと思う。
良太はこの年まで友達がいなかったので、実際に男同士で一緒に眠ることが普通なのか異常なのかわからない。しかしそういう理由ではなく、上位種と呼ばれるアルファとベータと偽っているが本質はオメガの良太が一緒にいることはいけないことだった。
困惑していると、桜が何を疑問に思うのかわからないというような態度で口を開く。
「だって良太はベータでしょ? 別に男同士だし、間違いが起こるはずもないし、問題なくない?」
その言葉を聞き、確かに過剰反応をするほうが秘密を暴かれてしまう恐れがあるかもしれない。むしろ貧乏な奨学生がアルファへ過剰反応を起こすと、金目当て体目当てというように疑われるリスクが高いかもしれないと考えた。
実際に、この学園はベータであってもアルファに性的な意味で憧れる男がいるのを入学式で見た。
だから良太はあくまでも自分の性思考は、マイノリティーではないということを伝える必要があった。通常のベータ男なら、男と寝るより女と寝ることを望む――それなら。
「女の子とならまだしも、男同士一緒のベッドだなんて気持ち悪くありませんか?」
「どうして? こんなに可愛い良太が気持ち悪いわけないでしょ、それとも良太は俺が気持ち悪いの?」
「……」
またも良太が返答に困ることを言われる。
ベータの男に「可愛い」ということが正しい言葉なのだろうか。こういう台詞を言えるところが王子様と言われる所以だろう。そして可愛いと言われたことが嫌ではなかった。それくらい、桜から出る言葉は嫌味がない。桜を気持ち悪いかと聞かれたら、気持ち悪くない。それが素直な答えだった。
良太にはこの世代の常識が伴っていないので、桜の言葉に従うことが疑われないことだと観念した。これ以上変に騒いで「常識のない人間」と思われるとこの先やりづらくなる。
「いえ、先輩は気持ち悪くないです。では、ベッドは端っこの方を使わせてもらいます。勉強も比較的どこでもできるので、リビングを使わせていただければ問題ないです。ありがとうございます」
うん、と桜は満足したかのように頷く。
「部屋のものは自由に使ってね」
たとえばシャンプーとかタオル、冷蔵庫の中とか、飲み物。とにかくなんでも使ってと嬉しそうに言う桜。良太の印象では、アルファはこだわりが多いと思っていたが、桜は違うらしい。「さすがゆるキャラだ」そう心で独り言を呟き、この部屋での生活は緩く過ごせそうだと安心した。
「決まりごとはないし好きにしてね。部屋は一回掃除してもらったら、なるべく汚さないようにするからね」
桜がそう言う。
「あと、テレビとか音の出るものも好きに使用していいけど、人だけは絶対に入れないで」
自分の空間に他人を入れるのだけは嫌だと主張する桜。それを聞くと、良太はその空間に入って良いのだろうかと疑問に思い、自然と表情に不安が出てしまった。
「あっ、良太は別だよ? 頭いいし、礼儀正しいし、可愛いし、真面目だし、変なことはしないよね?」
「変なこと……ですか?」
「俺、こんな容姿だからか人から妬まれたり、発情されたり。とにかく下心で近づく人が多くて。だから他人をテリトリーに入れたくないの」
一応ベータの男である良太に、先ほどからしつこいくらい「可愛い」と言う。それは気に食わなかったが、上位種アルファとは大変なのだなと少しだけ桜を憐れんでしまった。
「良太は俺のこと、そういう目で見ない子でしょ? 奨学制度で主席入学なんて、そうとうな努力家だ。だから君には興味があったんだ。俺、自分で言うのもなんだけどかなり優良物件だよ? 仲良くしといて損はないし、いい関係が築けると思うんだ」
アルファという人類トップの性別を持つ桜が、年下のベータだと思っている良太に向き合って話す。なぜかはわからないが、自分は信用されたみたいだと良太は確信した。そしてバカなアルファだとも思った。良太がオメガだと知ったらがっかりするだろう。
頭のいいベータなら今後ビジネスで絡む可能性があるので、あえて可愛がっているのかもしれない。オメガだったら性処理くらいしか能がない。金持ちのアルファという時点で、オメガは間に合っているに違いないが……
頭の中で良太は悪態をつきまくった。演技中のオメガに騙されるバカなアルファだが、彼のことは憎めない感じがある。その感覚を不思議に思う。アルファというだけで鳥肌立つほど嫌なのに……
ベータ相手にこんなに丁寧に話すアルファが変なんだ。そう思い、口を開く良太。
「先輩のお邪魔にならないように、お部屋使わせていただきます。僕に至らない点があったら教えてください。人とあまり接しないので、常識が先輩とは違うかもしれません。知らないうちにイライラさせていたら、この部屋を出て行くので、遠慮しないで言ってくださいね」
コーヒーご馳走様でした。掃除始めるので邪魔になったら言ってくださいと、これ以上深い話をするのを避けて話を終わらせようとした。
「待って」
桜はまだ食いつき、良太の腕を掴む。
立ち上がる瞬間に腕を掴まれたので、思わずソファーに倒れ込む良太は、桜の胸に体が収まってしまう。すいませんと謝罪した後、すぐ離れようとしたら逆に抱き込まれた。抱きしめられたことに戸惑っていると、桜が言う。
「良太、邪魔じゃない。君は気を使うのをやめなさい。敬語もいらないし、あまり線をひかないで。いきなりで慣れないとは思うけど、本当にリラックスしてここでは過ごして欲しいんだ。掃除も無理はしないでね?」
「……あ、りがとうございます。でも僕、年上の先輩には敬語の方が落ち着くので、話し方はこのままにさせてください」
桜は耳元でわかったと言い、抱きしめた腕を解いて良太の頭を撫でた。
顔が近くて、目の前の桜のあまりの美形に顔が赤くなってしまう。「良太は本当に可愛いね」そう言って桜は微笑んだ。
こうやって、桜と良太の奇妙な共同生活が始まったのだった。
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