良太の苦悩 

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「ここは……」 「ここは俺の家だよ。良太と一緒に暮らそうと思って用意していたマンション」 「……すいません、お邪魔して。オ……ぼく、の着替えはありますか? お世話になりました、帰ります」  思わず自分のことを「俺」と言おうとして言い直した。良太は起きたばかりで状況が読めていないが、このまま一緒にいていいわけがないのはわかっている。すると桜が何を言っているんだ? という顔をしていた。 「帰るってどこに? 寮? 岩峰の家? 丸三日寝込んでいたんだ。まずはシャワー浴びておいで」  三日と聞いて良太は驚いた。  起きてすぐに風呂に入れと言われたことで、自分が臭いのかもしれないと、急に恥ずかしくなった。確かにずっと熱にうなされていたのはなんとなく覚えている。今はここから出ていくにしても、清潔にしたいと思い、シャワーという欲望には逆らえなかったので桜の言葉に従った。  初めて訪れたここは、以前購入していたと言っていたマンションだろう。風呂には窓があり大きかった。窓から外を見ると、そこはすごく高く、タワーマンションというところだろうか。景色が一望できる風呂。裸になって鏡を見ると、はっとした。  二日間の情事でついた跡の多さと、薄くなっているところや濃いところ、一瞬なんかの病気かと思うくらいの、しつこいくらいのキスマーク。あの男はすごいキス魔で体のあらゆるところにキスをしては跡をつけていた。  これを、勇吾と桜に見られたのだろうか。  良太が憎んでいたオメガ性を簡単に覆した証拠。そして男が嫌いと言っていたことになんの説得力もなくなる。実は男好きの淫乱オメガ、そう思われてもしょうがない。  良太もこの所有の証を許していたし、あの時は誰かに必要とされて自分はまだ生きている価値があるんだと思いたかった。むしろ自分からたくさん付けてと強請(ねだ)った記憶さえある。  桜の調子から、まだ面倒を見る気があるように見えた。実際、勇吾が言ってなければ、桜が密かに婚約者と付き合っているのを、良太がまだ知らないと思っているはずだ。まだ良太を騙せると思っているのだろうか? だから他人に抱かれた後でも、使える人間だから側に置ける。良太のことを、仮に本当に好きだったら、こんなことした(つがい)を許せないだろう。それがアルファの根本だと思う。  さすがにもう抱く気にはならないと思うが、良太には桐生という利用価値がまだ残っているのだから、卒業までにしとくのを我慢するつもりだろうか。それとも、もうこの件を理由に(つがい)解消を申し立ててくるかもしれない。  ――まあ、どちらでもいいいや。  シャワーを終えると、入った時にはなかった服を見つけたので桜がそこに置いたのだろうと思い、真新しいその服を着た。良太が滅多に着ないハイネックセーターだ。首元のキスマークもこの服なら隠せるから、だから桜はあえてこの服を用意したのだと思った。部屋に戻ると、いい香りがした。桜に声を掛けられる。 「良太そっちに座って、今お粥温めているから」  桜が慣れた手つきで、お粥やらがいろいろ載ったトレーを持ってきた。桜と同室になってから、もう当たり前のように桜がご飯を用意する。始めの頃はアルファにそんなことをさせられないと遠慮していたが、今ではもう普通の情景になっていた。 「……」  良太はなぜか、まだ言葉を発することができない。そうするとすかさず桜が冷めないうちに食べてとスプーンを渡してきた。無言で食べると、良太好みの味になっているそれにホッとした。桜は良太の食の好みを全て見極めていた。  特にこういう味が、とかリクエストしたことがなかったのに、良太の食べる反応を毎回見て覚えてくれたのだ。  アルファの能力をそんな所に使うなんてどうかしてると思った時もあったが、その優しさが嬉しかった。思った以上に腹が減っていたのと、いつもの味に安心したのとで無言で食べ続けて完食した。 「……ご馳走さまでした」    なんとなく気まずくて、とりあえずは食事を終わったこと知らせて、トレーをもってキッチンへ片付けようとしたら、いいと言われ、トレーは桜に奪われそのままソファーへ押しやられた。  そしてハーブティーを桜が差し出してきた。 「食欲はあって良かった。ほらお茶も飲んで、落ち着いたら何があったのか、教えてくれるね?」  ただで風呂やご飯は出てこない。良太はハーブティーを二口ほど飲んで、やはり話し合うのは面倒くさくて逃げることにした。これ以上惨めになりたくない。  実際に良太はみじめだった。桜の本気の相手を知ったから、悔しくて他のアルファと寝た。良太の行動を簡単にまとめると、嫉妬に狂ったバカなオメガにしか見えない。 「話したくありません、もう帰ります。今までありがとうございました」 「良太、お願いだ。拒絶しないで? 辛い思いをしたのはわかるけど、どうしてそうなったのか話してくれ」 「別に辛くありません。離れていた三日間ずっとセックスしていました。僕の体を見たらわかりますよね? それだけです……」  桜はすごく悔しそうな顔をしている。自分の(つがい)が他の人と寝た。好きじゃなくたって、自分のものを取られた。アルファとしてやるせないという表情を良太は読み取った。 「俺はお前に対して怒ってないし、嫌いにならない。俺が怒っているのはお前を誘拐した奴と、それを防げなかった俺自身にだ!」  桜の中で、今回のことはどんな勘違いしているのだろうと良太は疑問に思う。警察官が言っていた通り、良太は誘拐されたことになっていたのだろうか。 「お前を監禁して、レイプしたやつは必ず見つけ出して、殺してやる! 安心しろ、警察なんかには渡さない。お前の経歴に傷はつけず存在事態を抹消してやるから、その男について話すんだ」  桜の言葉を聞いて、あの時の警察との会話を思い出した。あの警察達が勝手にそう判断して桜に言ったのだろう。 「レイプじゃなくて同意です。相手は素敵な男性でした。先輩が帰らないと言った日、僕は一人で外に出たんです。そしたら、あまりにタイプの人がいたから、僕から誘ったんです。お金くれたし、いい人でしたよ? 勝手に犯罪者にしないでください」 「何……を、言っているんだ?」  桜が明らかに動揺した。 「それが全てです。あの日の先輩にはがっかりしたので、僕は僕で自由に生きようと思って、それで行動に起こした。それだけです」 「なんで、いきなり、がっかりって? 俺たちはうまくいってたのに、どうして浮気なんて……。俺以外とのセックスは辛いだけだって知ってただろう? それが本当なら、どうして。いや、お前はレイプされた、なぜだか知らないが犯人を庇っているだけだろう?」  桜は最初から良太の言葉を信じていない。だったら、聞いても無意味だと良太は考えた。 「(つがい)解除してください。もう僕、疲れました」 「するわけないだろう! 今回お前に落ち度はない、だから嫌われようとしなくていい」  良太は全く予想してなかった桜の言葉に思わず時が止まった。ここまで言っても、まだ桜の元にいたいと願っているオメガだとでも思っている様子に呆れた。 「先輩、待ってください! 何か勘違いしています。誘拐されてないし、レイプもされてない。先輩との関係を終わらせたくて、それにはおじい様からも逃げなくちゃいけないから、体を売ってお金を稼いでいただけです」 「お前が何を言っているのか、本当にわからない」  桜は本当に困惑しているみたいだった。 「だから! たまたま目が合ったアルファを、僕から誘ったんです。(つがい)は死んだって嘘をついて、僕を買ってほしいって頼んだんです。無理を言って、抱いてもらいました」  良太は必死に説明した。  (つがい)が死んだばかりだから匂いも噛み跡もまだ残っているけど大丈夫と言って、可哀想なオメガを抱いてくれただけと。自分は体を売らないと生きていけないと、相手を騙した。たった二日セックスをしただけで百万もくれた優しい人、名前すら知らないその場だけの関係だった……そう説明をした。  さすがの桜も固まっている。  こんな固まっている姿、良太は初めて見た。いや、本当の初対面の時もそうだった。舞台上から良太を見ていて固まっていた。あの時以来だった。まるで新種の生物でも発見したかのような、そんな顔だと良太は他人事のようにそう思っていた。
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