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第八話
ソフトに孤立している僕だが、比較的気軽に話しが出来る女子が同クラにいた。
佐々木 ナナコは何だか変な奴だった。僕が言うのもおかしな話だけど。
腫れ物に触るかのような同級生の中で、ナナコはいい感じで僕の中に踏み込んで来る奴だった。土足ではなく裸足で、みたいなニュアンス?よく分かんないよね。表現が下手で申し訳ない。
一軍女子の中でも遜色ない容姿とコミュ力を持ちながらどのグループにも属さず、だけど寂しさとは無縁の空気を放っている。そんな感じ。
ボッチの僕と変わり者のナナコが喋ってても、クラスの奴らはそんなに気にしない。
そんな空気に乗じて、僕はナナコを使って井ノ原について探りを入れた。
「ナナコさぁ、2組の井ノ原と喋ったことある?」
「井ノ原って...ああ、あの頭いい奴かぁ。軽く喋ったかも」
ーーさすが、ナナコ。
「ねぇ、どんな感じだった?」
「え、なに。春、井ノ原のこと気になってんの?」
「自分が気になってるかが気になってる」
「なんじゃそりゃ」
僕の微妙なもの言いにナナコがケラケラと声をあげて笑う。
「まぁでも、春の言いたいことも分からんでもないよ。井ノ原くんって目立つくせに謎に独りでいるもんね。どんな奴だよって思うわな」
「やっぱスカした感じなの?周りのバカな猿どもなんか相手にしてらんない的な」
僕の憶測に対してナナコはうーんと小さく唸る。どうやら僕の描く井ノ原像は少し外れているようだ。
「私もチラッと喋っただけだからそんな分かんないけど、スカしてるとかじゃない気がした。あれは、そう...天然ものだね」
「天然?」
「そう。そもそも協調性と社会性に欠けてると言うか。で、悪気は多分無いんだけど、空気読まない発言しちゃうみたいな。また下手に頭いいから的を得た感じで相手に響いちゃうんだよね」
「急所をザックリいくみたいな」
そうそうと言ってナナコはまた高らかに笑った。
「ナナコも何か変な事言われた?」
「別に。井ノ原くんは自分から攻撃してくるような奴ではないよ。人に興味がないんだろうね。けど、皆は目立つ井ノ原くんと仲良くなりたいから変に絡みに行って自爆するんだと思うよ。そう考えると井ノ原くんは被害者だよね」
ナナコから聞く井ノ原の実態は意外なものだったが、生きにくそうな印象に僕は共感を持った。
けれど調子に乗ってはいけない。勝手に仲間意識を持ったところで、相手はノンケだ。(僕のマイノリティセンサーに基づく見解だけど)
「”気になる”で確定なら、私動こうか?」ナナコからの有難い申し出を丁重にお断りして、僕は井ノ原への好感度を胸に秘める事にした。 高校生活はとにかく波風立てずに過ごせればいいのだ。
しかし、そんな僕の殊勝な思いは進級と共にあっさりと崩される。
二年生になって僕と井ノ原は同じクラスになった。
しかも、くじ引きで決められた席順で僕の前が井ノ原。窓際後方で前後に並ぶというラブストーリーを彷彿させる展開。
ーーいやいや、調子に乗るな僕。中学の時に勝手に運命を感じてしくじったじゃないか。
膨らむ期待を気合いで潰しにかかる僕を、井ノ原が振り返った。
初めて間近で見るその姿に思わず釘付けになる。
窓からの風にサラサラと揺れる黒い髪。遠くから見ている時は気が付かなかったが想像以上に肌に色は白い。
意思の強そうな眉毛に反して眼鏡の奥の瞳は目尻を甘く下げている。
だめだ。これは降参だーー。
高揚と絶望の狭間に突如投げ込まれた僕を前に、井ノ原の薄い唇が小さく開いた。続いて、低く掠れた声が言葉を発する。
「黒板見える?俺、無駄にデカいから」
これが、僕とサダくんとの出会い。
今でも絶対に忘れることがない、サダくんが僕に発した初めての言葉だ。
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