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第一話
先日、俺はうっかり死んだ。そう、本当にうっかりだ。
最期に見た光景はこともあろうに彼氏の浮気現場。
冥土の土産としては最悪の部類に入ると言って間違いないだろう。
同棲中の恋人である春の様子が最近どうにも怪しかった。
春の浮気は病気みたいなモンだから慣れてはいたが、今回は何だか胸がざわついたのだ。
結果、俺は春のスマホを盗み見て密会するであろう場所と日時を特定した。分かってる、女々しい行動であることは。
けれど、日々積み重なる悪い予感にはどうしても逆らえなかった。そして俺の場合、物事は大抵悪い方に働く。
盗み見た情報は、明確に春の浮気を裏付ける現場に俺を連れて行った。
いや、浮気ならまだ良かった。俺は一瞬で察してしまったのだ。
相手の男に走り寄る春は喜びを全身から発し、その瞳は愛しさに潤んでいた。
長い付き合いだ、俺には分かる。春はきちんと恋をしていた。
そんな尊いクソみたいな現場を目の当たりにした俺は、完全にキレて我を失った。
「オイツ!!!」
怒りを激らせて2人に噛みつこうと足を踏み出したところで、横からあり得ない衝撃を受けた。
ストップをかける信号に気づかないほど俺は激昂してたわけだが、交通ルールは日常通りに機能する。
当然ながら突発的な行動は事故を生む。どうやら俺は交差点の途中で資材を積んだ大型トラックに横から衝突されたらしい。
どうせ突っ込まれるならシルバーに光るベントレーが良かったな、などと思うのは罪のないトラック運転手の方に対して本当に罰当たりだ。もう当たってる気もするが...。
そんなこんなで俺は最悪な状況下で突発的に死んでしまったという訳だ。
そして今、何処とも分からない空間にボンヤリと漂っている。
......いや、何処か分からないは嘘だな。なんせ目に映ってるのは春と暮らしてたいつもの俺の部屋だ。
ただひとつ、大きな違和感。それは、四角く切り取られた視界の先にある俺自身の遺影と遺骨。
「なんだ、この状況」
思わず声が出た。そして声が出た事に少なからず驚いた。
「俺...実は生きてるのか?」
「んな訳ないだろ、オメェはとっくに死んでんだよ。井ノ原 貞夫」
「は?」背後からの失礼な物言いに訝りながら振り返る。と、そこに居たのは見知らぬ黒づくめの男。ニヤニヤしながら大柄な体を持て余すように胡座をかいている。
黒いシャツの胸元と捲った腕からは反社トーンの刺青。いや、まんま反社か?
「俺、ヤクザに追われる覚えはないんだけど」怯えながらも何とか状況を整理しようとする俺を弄ぶかのように男は返す。
「オレもヤクザになった覚えはねぇよ」
ーーいや、そう言われても...。
言いよどむばかり俺に痺れをきらしたのか、男ははぁっと大きく息を吐いた。
「毎度の事だけど、自分の立場分かってない奴に説明すんのマジしんどいんだわ。まぁ、それがオレの仕事なんだがな」
「えっと...あなたのお仕事って...」
まだヤクザ説を捨てきれない俺に、男は妙にキッパリと告げた。
「死神」
んん?
数秒思考停止したのち、取り敢えず思い付いた事を口にする。「なんかのスカウト的な?」
「代行業は必要としてねぇよ。バトルもねぇし、友情とか知らんわ」
「...漫画読むんだ」
「待ち時間なげぇからさ、オレの仕事。暇な時にサブスクでな」
俗世感がありすぎる発言に死神という自己紹介が結び付かない。つられて、俺も俗世の話題を続ける。
「俺も結構待ち時間しんどいかも。クライアントの戻し待ってる時とか。その後の地獄の作業を思うと休む気にもなんないし」
「ああ、お前の仕事プログラマーだっけ。26でチームリーダか。そこそこ出世頭じゃん」
「いや、離職率高いからそうなってるだけで。ITなんか転職で給料上がりやすいから逃げ足が遅い奴...まぁ俺みたいなのが損する感じかな」
ーーって、こんな事話してる場合か?つか、このヤクザまがいの男は何で俺の事情知ってるんだ??
ヤクザ改めストーカーなのか...。
ちなみに俺は結構顔がいい。身長も178とそこそこある方で、収入も年齢にしてはまぁまぁ。ぶっちゃけ男女問わずモテる自負はある。
やはり、ストーカーか。
「ストーカーでもねぇぞ、俺は」
「え、心読めんの?チート能力?」
「ねぇよ、死神にそんな能力。どうせくだらねぇ事考えてんだろうなと思っただけだ。お前の想像力貧困そうだからな。担当の経歴知ってんのは単に業務の一環だ」
「担当...。あ、ヤクザじゃなくてホスト?」
「おめぇはよー、いいかげん自分が死んだのと、俺が死神だっつー設定受け入れろやっっ」
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