第二話

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第二話

 不毛とも思われる問答をどれだけの時間繰り返した事だろう。  そして、ついに俺は自分が死んだこと、そして強い念を残した故に成仏出来ていないという事実を受け入れた。  死神を名乗る男からの説明はざっくり過ぎて全く要領を得なかったが、納得のいく部分があったのだ。  「あのなぁ、考えてもみろよ。オレみたいに面倒くさがりな奴が何で執拗にお前なんかに絡むと思ってんだよ。そこそこ収入あるつもりらしいが、しょぼいIT企業のサラリーマンにたかったところで大した得もねぇだろ。ちなみにオレはお前と違ってノーマルだしな」  「まぁ、確かに。着てるものも俺より全然良さそう」  男はブランドものと思われる上質な黒のスーツを身に纏っていた。対する俺は事故に遭った日に着てた上下ユ○クロだ。  「いいスーツだろ?ヨウ○ヤマモトはオレの気に入りだ。死神業に励むとそれなりに賞与も出るからな。要するにオレがお前なんかにダル絡みするのは、単に仕事だからだ」  死神の賞与がどう現金に還元されて経済を回すのかは謎だったが、”単に仕事だからだ”という理由は妙に納得がいった。  いくつかパターンを考えてはみたものの、やはり死神男と俺との接点は現世ではあり得ない。    「要するに、俺を成仏させることがあなたのミッションってことか」  「やっと理解したか。細かく言うと成仏させて魂をしかるべき場所に納品するところまでだな」  納品て...。  「で、俺はどうすればいいんだ?」  「なにお前、成仏目指す気になったのかよ」  「成仏したいかは置いといて、生き返れない限りはこのままってことなんだろ?」  「そうだな。現世では時間は前にしか進まない。だからお前が生き返ることはねぇよ。この世に未練を残した霊体としてこの場に止まり、担当変えが無い限りしつこくオレが死神として付き纏う訳だ」  こんなイカつい男とずっと一緒はやだなぁ、と単純に思う。俺は子犬系のウルウルした瞳の可愛いビッチが好みなのだ。そう、春みたいに。  そこで、俺は重要な問題を思い出す。  「そうかっ!!」  突然の大声に死神男が軽く仰反る。「なんだよ急に。ビビらせんじゃねぇよ」  「春だよっ」  「今、10月だぞ」  「いや、俺の恋人の名前。渋谷 春」  「既に”元”恋人だろ」  「うるさいな。元だろうが何だろうが、春は俺の春だ。俺の未練はそこにしかない」  「まぁ、お前の死因みたいなもんだからな。春とやらに仕返しすれば気が晴れるのか?それか、寝取った浮気相手にカチコミかけるってのもあんぞ」  「カチコミって。つか、寝取られてないしっ」  ーー多分だけど...。  「なんか、違う気がするんだよな。仕返ししたところで春の人生は続いていく訳だし。俺だけがこの世から切り離される事には変わんない」  「じゃあ、こういうのはどうだ?」死神男がニヤリと笑う。不穏過ぎるその笑みはやはりヤクザがお似合いだ。  「お前の気が晴れて、大好きな春くんとも離れなくていい方法があるぞ」  「そんな一石二鳥なことが」  「あるある、簡単なことだ」  死神は案件を片付ける抜本的な解決施策が見つかったとばかりに上機嫌だ。  「簡単って、俺は何をすれば」  死神男はもう一度ニンマリ笑うと、はっきりした声で言った。  「呪い殺すんだよ」  ーーは?春を呪うって、この俺が??  「現世に身体が無いお前が生きてる人間相手に物理攻撃することは不可だ。けど、霊体には特権がある」  「...呪い?」  「そうだ。たまに陰湿なタイプが生き霊使えたりもするけど、ロジック的には呪いは霊体の方が向いてんだぜ」  「向いてると言われても...。具体的に何をすれば」  「そこでオレだ。呪いのコンサルも死神の仕事の一部だからな。事例も山ほど経験済みだ」  どこまでも俗っぽい死神だなと呆れつつも、その提案に耳を傾ける。  「そもそも、お前の魂が漂うこの空間はどこだと思う?」  「景色的に俺と春の部屋みたいだけど。なんかぼんやり温かくて...ちょっと居心地がいいんだよな」  「そりゃそうだ。この場所はお前のおハコだからな。文字通り箱みたいな形してるしな」  ーー俺のおハコ?形?  「もしかして、PC...とか?」  「その通りだ」  死神男が満足げに頷く。  「魂ってのは生前に馴染んでいたものや場所に結びつくもんだ。お前、プログラマーだったろ?だったらPCの中で漂ってるのもおかしな事じゃない。ただ、若干謎なのはー」  死神男が首を傾げる。そして目線の先にあるのは俺の遺影が飾られた部屋の一角。  「お前の愛用PCは会社にあるんじゃないのか?なんかアレだろ、情報漏洩ダメ、絶対!的な」  「そう。だから今俺たちが居るのは自宅にある個人のデスクトップ。俺と春がアカウト共有してて、最近では殆ど春しか使ってなかったな」  「なるほど、そういう事かー」  1人で腑に落ちた風の死神男に、何だか置いてきぼりをくった様な気持ちになる。そんな俺を取りなすように死神男は続ける。  「まぁ細かいことは気にすんな。お前が戦況的に有利なのは変わらんからな。いいカンジに呪いをかけようぜ」  「いいカンジに呪うって...。有利な戦況の意味も分からないし」  「有利極まりないだろ。この環境とお前のプログラム技術を駆使して、懇親の呪いをかけるんだよ」  「...それって、まさか定番の?」  「呪いのビデオだ。デバイス環境の変化に応じて動画ファイルバージョンでいこうぜ!」  ーー俗っぽい死神男の提案は、まんま定番だった。      
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