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【四】
三ターン目が始まった。
高木の死に、天ヶ崎以外の奴らは動揺していた。
だが、成乃宮にとって、それは想定の範囲内だ。
「結果が出たのだけれど、これは裁量ターンが楽しみ」
三ターン目は、天ヶ崎が四、小林が一、オレが六、宅杉が四、疋田が五、以上の結果となった。
だが、本当の勝負は次だ。
「裁量ターン、僕は五に変更するよ」
「ッ!? ……また、ぼくに……っ」
天ヶ崎は、出目を五に変更する。
これにより、出目は疋田と被ることとなった。
「何か言いたいことでもあるのかい? 死にたくなければ、他の数字に変えればいいだけの話さ」
裁量ターンが始まり、天ヶ崎が仕掛けた。
疋田の表情が曇るが、素知らぬ顔だ。
「俺は、三に変えるぜ」
小林は、出目が一だった。
このままでは、脱落の可能性が高い。それ故、このタイミングでの変更を余儀なくされた。
変更可能な数字は、二と三のみ。
だから、小林は三を選択した。
「オレは、出目の変更をしない」
「当然ね。だって呉森くんは、六。と言うより、前回の裁量ターンで変更権を行使しちゃったもの」
悪戯っぽく笑い、視線をぶつけてくる。
成乃宮にとって、オレは遊び道具の一つなのだろう。
「宅杉くんも、呉森くんと同じね」
「う、……うん」
宅杉も、今回の裁量ターンでは変更することができない。それにより、宅杉は四のままだ。
最後に、疋田の番だ。
「さあ、疋田くん。……貴方の番が、回ってきたの」
「……ぼくの、順番か」
現在、疋田の出目は五で、天ヶ崎と被っている。
四ターン目に進む為には、出目を変更する必要があった。但し、残された数字は一と二のみ。四ターン目に望みを繋いだとしても、生き残ることは難しい。
「ぼくは、」
だからこそ、この展開が有り得た。
「……ぼくは、このままでいい」
その言葉に、その台詞に、天ヶ崎の目が見開いた。
「え、……おい、キミは血迷ったのかい? 今、出目を変更しなければ、キミは死ぬことになるんだよ?」
「死ぬのは、ぼく一人じゃないよ」
予期せぬ展開に、天ヶ崎の表情に余裕が無くなる。
だが、それを見やり、疋田は笑った。
「天ヶ崎、あんたも道連れだ」
これは、ただのゲームではない。
他者を地獄へと引きずり込むことを許された、恐怖の《道連れダイス》ゲームなのだ。
「天ヶ崎、このゲームの名を忘れたか」
「……み、道連れ、……ダイス」
その名の通り、疋田は天ヶ崎を道連れに死ぬつもりだ。
「そ、そんなバカなことがあってたまるか! 僕は此処にいる誰よりも完璧な人間だ! それがっ、こんな引きこもりの冴えない奴に足を掴まれるなんてことが、あっては! ならない! 絶対にならないんだ!」
後が無くなった奴は、必死に言い訳を考える。
今の天ヶ崎は、正にそれだ。
「天ヶ崎くん、お喋りは止して」
「くっ、……待て、僕を殺して、ただで済むとでも思っているのかっ」
「御免あそばせ、私はそんなことに興味を抱かないの」
「がふっ、……ッ」
喉を、くり抜いた。
穴が開き、大量の血が噴き出し始める。
「疋田くん、貴方は立派だったわ」
「……でも、死ぬんだよね?」
逃げることを諦めたのか、疋田はゆっくりと目を閉じた。いや、それは違う。疋田の表情は、晴れやかだ。
「ええ、そう。……貴方は、貴方が嫌いな人が死に逝く姿を、二度も見ることができた。それだけで満足できたはず。違うかしら?」
「何も違わない。ぼくは、満足したよ」
ニッコリと微笑み、疋田は口を閉じる。
そして、成乃宮の手に掛かり、その場に倒れた。
「あっという間に、残り三人ですわ。誰が勝者になるのか、凄く楽しみ」
三ターン目の裁量ターンが終了した。
現在の順位だが、一位はオレだ。出目の合計は、十五になった。二位は小林で、合計が十二だ。そして、最下位が宅杉の九だった。
「それじゃあ、残る三人で、四ターン目を開始ね」
成乃宮の声を背に、オレはダイスを握る。
転がして、出た目は、三。
微妙な数字だが、他の二人との差を考えてみれば、決して悪い数字ではない。
重要なのは、小林が何を出すか。それだけだ。
「小林、三以上を出せ」
「……ああ、言われなくても分かってるさ」
このターン、小林は三以上の数字を出す必要があった。
何故ならば、小林は変更権を行使できず、逆に宅杉は行使可能な状態だからだ。
もし、小林が二以下を出した場合、宅杉の出目が一だろうが、裁量ターンで六に変更し、合計で小林を上回ることができる。それだけは、防がなければならない。
「三分の二の確率で、俺は生き残る。簡単なことだ」
自分自身に言い聞かせ、小林はダイスを手に取った。
神様はいるのだろうか。
仮に、いるとしたら、ここで三以上を出したのか。
「……あ」
しかし、たとえ三以上が出たとしても、終わりに変化がない場合、それは単に過程を変えただけに過ぎない。
だから、オレは安堵した。
小林を脱落させるのが、オレではないことに、心から感謝し、同時に申し訳なく思った。
「小林くん、貴方も運が無いのね」
ガッカリしたのは、成乃宮だ。
親友同士の一騎打ちを見られなくなり、唇を尖らせる。
小林が出した目は、二。
三分の二の確率に負けたのだ。
「さあ、最後は宅杉くんね」
言われるがまま、宅杉がダイスを振る。
出目は、一。
しかし、裁量ターンへと移行する。オレと小林は、出目の変更をしなかったが、宅杉は変更権を行使した。
結果、一が六に化けた。
「なあ、呉森」
最終結果は、僅差で小林が最下位となった。
オレが十八、小林が十四、宅杉が十五だ。
「なんだ、小林」
逃げ場のない小林は、唇を震わせながら、拳を握り締める。そして、力なく、オレの胸にぶつけた。
「生き残れよ」
その台詞を言い残し、小林の目が潰れる。眼球を抉り取る為に、成乃宮がナイフを突き立てたのだ。
一瞬、小林の悲鳴が聞こえたが、それもすぐに治まった。今までのように、喉をくり抜かれたのだ。
「あら、人間の目って意外とでかいのね。お二人は存知してたかしら?」
そうなる覚悟を持て、と言っているのだろう。
くすくすと笑いを零し、成乃宮はダイスを握る。
「残り二ターン以内に勝者が決まりますわ。どちらが私の婚約者に相応しいか、見極めさせていただきますから、最後まで、……いえ、最期まで私を楽しませて頂戴ね」
狂気は、もう間もなく終わりを迎える。
生き残る術は、既に得た。
【五】
五ターン目、オレと宅杉はダイスを振った。
オレが出した目は、二。一方、宅杉の出目は四だった。
「裁量ターンだけれど、呉森くんはどうするの?」
「六に変更だ」
裁量ターン、オレは迷わず出目の変更を申し出る。
二から、六へ。
宅杉は、前回の裁量ターンで変更権を行使した。このターンは、使用不可だ。
「五ターン目が終了、これで呉森くんの合計が二十四、宅杉くんの合計が十九になったのね」
五ターン目終了時の結果に、成乃宮は肩を落とす。
それもそのはず、六ターン目に移行しようがするまいが、オレの勝ちが確定したからだ。
現在、オレの合計は二十四、この状態で一を出した場合、出目の合計は二十五だ。
一方、宅杉の合計は十九、これに六を加えたとしても、二十五にしかならない。
「呉森くん、今の気持ちはどうかしら?」
「言っておくが、オレはお前と付き合うつもりは無いし、結婚するつもりも無い」
オレには、彼女がいる。理由は、それだけで十分だ。
「……そう、呉森くんは、そういう考えなのね」
「いいから、ダイスを寄こせ。最後のターンだ」
オレは、成乃宮の手からダイスを奪う。そして、机の上に転がした。
出目は、六。
「……宅杉くん。どうぞ?」
成乃宮の言葉に、宅杉が反応する。
ダイスを握り、間を置かずに手の平を広げた。
「宅杉くんの出した目は、一ね」
もはや、数字に意味は無い。
「続いて裁量ターンなのだけれども、呉森くんは変更権が無かったわ。それじゃあ、宅杉くんはどうするの?」
このゲームが終わった時、オレは教室を飛び出して、彼女の許へ向かうつもりだ。とにかく今は、彼女に会って抱きしめたい。
「六」
小林に言われた通り、生き残ることに成功した。
そして、彼女と一緒に幸せになってみせる。
「……え?」
今、宅杉の声が聞こえた。
その声は、言ってはならない数字を口にしていた。
「ぼくは、六に変更する」
「六に……変更、だと……!?」
宅杉が、出目を六に変更した。
その意味が理解できないほど、オレは間抜けではない。
「くふっ、……呉森くん、貴方バカね」
あざ笑うのは、成乃宮だ。
「勝ちが決まったですって? 何を呑気なことを口にしているのやら。四ターン目の貴方は、裁量ターンにおいて、絶対に出目の変更をしてはならなかった。けれども総合点を上げることに囚われ過ぎていたわ」
それとも、宅杉が出目を変更しない、と安易に考えていたのか、と成乃宮は付け加える。
「呉森、ぼくが人を殺せないとでも思ったか?」
「……宅杉」
「これは、《道連れゲーム》だ。ぼくが呉森を道連れにする勇気がない、そう思っていたんだろう?」
でも、それは違った。
宅杉には、死を迎え撃つ勇気があった。
「このゲームの本当の勝者は、疋田くん。彼は高木くんと天ヶ崎くんを殺すことに成功したわ。……そして、時点が宅杉くんね」
このゲームでは、最終的に一対一の勝負となった時、圧倒的な差が付いていなければ、道連れにすることができる。だからこそ、成乃宮は、このゲームを《道連れダイス》と名付けた。
「実を言うとね、呉森くん。私ってアニメの声優をしたことがあるの」
「何を、急に……」
いや、急ではない。
オレは、すぐに気が付いた。
「……ふふ、そうよ。宅杉くんは、私のファン。もし、このゲームで一対一となり、負けが確定した場合、他の誰かに私を奪われない為に、他者を道連れにする勇気を手にしていたの」
そこに気付かなかったのは、最大の敵は天ヶ崎だと思い込んでいたからだ。
同数で並ぶ可能性がある状態で、宅杉と一対一になった時点で、オレの勝ちは無くなっていたのだ。
「ゲームは、二人揃って脱落よ。心の準備は宜しいかしら、呉森くん」
「ま、……待て、そもそも何故、お前は……こんなゲームを始めようと考えたんだ」
「単純よ」
時間稼ぎのつもりだった。
しかし、成乃宮に小細工は通用しない。
「人が死ぬ姿が、好きだから」
「……ゴフッ」
果物ナイフが、腹に突き刺さる。
ぐりぐりと、抉り続け、内臓を引っ張り出す。
「呉森くん、私が言った台詞を覚えているかしら」
内臓を千切られた。
更に、もう一度、腹の中を掻き回す。
痛みの感覚が麻痺を起こし、視界が霞み始める。
「人殺しって、簡単でしょ?」
視界が、黒に染まっていく。
そんな中、瞼の裏に、成乃宮の笑みが見えた。
口元が、その台詞を呟く。
「ああ、ついでに教えてあげるけれど、女子生徒は先に処分したの。勿論、貴方の彼女もね?」
もはや、絶叫することもできない。
耳に残ったのは、成乃宮の声だけだ。
「全部、全部、私達だけの秘密よ」
そして、オレは《道連れダイス》の道連れとなった。
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