【一】

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【一】

「これは他言無用、絶対に秘密ですわ」  悲鳴が聞こえた。  それは、一人ではない。数え切れないほどの恐怖が、声となり、耳に届いたのだ。 「今の声は、なんだ」 「あら、気付いているくせに」  体育館には、オレ達を除く男子生徒が集められていたはずだ。つまり、悲鳴の主は彼等ということになる。 「あの方々は、脱落者となった。ただそれだけのことですわ。御理解いただけたかしら、呉森くん」  彼女は、オレの名を呼んだ。 「……成乃宮、お前は何をするつもりだ」 「それを説明する為に、貴方がたをお連れしたの。思い出させてくれて、感謝するわ」  成乃宮は、彼等の悲鳴を背に浴びて、身悶えしていた。  その姿は、狂気的にも思える。  だが、たとえそれが常識的に考えて異常な行為であり、思考回路に危険性を見い出していたとしても、成乃宮の行動に歯止めが効くことはない。  その証拠に、成乃宮の手には刃物が握られている。ただそれだけのことで、事態は把握可能となる。 「あら、これが気になるの? ……ふふっ、そんなにビクつかなくても、貴方の首を掻っ切る為に使うような代物ではないわ」  だから安心しなさい、と微笑んだ。  それは、果物を剥く為のナイフだ。  成乃宮が何故、果物ナイフを手にしているのか、それは言わずもがな。ゲームから脱落した者を、文字通り脱落者とする為に必要な道具だからだ。 「人殺しって、簡単でしょ?」  これは、成乃宮が口にした言葉だ。  その言葉は、既に効果的な意味を持っていた。 「今更、そんなことを言われても信用できないな」 「私のことが、信用できないですって?」  オレの言葉に、成乃宮は信じられないとでも言いたげな様子だ。しかし、右手に握られた果物ナイフは、赤い滴を垂らしている。それは、首を掻っ切ることも容易だと言わんばかりの主張をしていた。 「こいつを殺したのは、お前だ。それだけで、お前が信用するに値しないことは、此処にいる全員が思っているはずだ。それぐらい、初めから分かっているんだろ」 「勿論、ですわ」  くくっ、と喉を鳴らす。  成乃宮は、果物ナイフにこびり付いた赤を舐め回した。 「これは、あくまでデモンストレーション……。脱落した者が、どのような仕打ちを受けるのか、それを知っていただく為に必要な行為ですの。それ以上でもそれ以下でもありませんから、不安は掻き消して構いませんわ」  此処は、学校の教室だ。  室内には、男女合わせて八名が、いた。  今は、一名が減り、七名となっている。 「さあ、ルールは説明した通りですわ。私が用意したダイスに運命を託し、勝者となること。宜しいですか?」  成乃宮の心情を言い表すのであれば、今はまだ、という言葉を付け加えるべきだろう。それでようやく、成乃宮の言葉が完成する。 「勝者となったあかつきには、私が嫁となって差し上げます。……ええ、たとえ今現在、貴方がたにお付き合いしている女性の方がいらっしゃるとしても、そんなことは関係ございませんわ」  如何なる場合も、勝者の特権は受理される。  それが、このゲームの恐いところだ。 「私を嫁とする為だけに、このゲームに参加する度胸はお持ちかしら?」 「持っていなくても、脱落者になるだけだろ」 「よく、ご存じで」  その通りですわ、と成乃宮が笑みを浮かべた。  これは、抜けることの許されない、デスゲームだ。 「さあ、ゲームを始めても宜しいかしら」  何故、このような事態に巻き込まれてしまったのか。  こんなことになるのなら、今日は学校を休むべきだった。しかし、その行為が成乃宮の機嫌を損ねることは容易に想像がつく。だから、これは予め避けることのできない事態だったというわけだ。 「必ず、生き残ってやる。……だが」  オレは、成乃宮の顔を見た。  成乃宮は、悪に満ちた笑みを浮かべて、小首を傾げる。 「お前の言うとおりにはならない」  オレには、付き合って五か月の彼女がいる。  だから、このゲームの勝者になれたとしても、成乃宮をオレの嫁にすることはできない。するつもりがない。 「呉森くん、減らず口は、勝者になってから言うのね」  口角を上げ、成乃宮は不敵に返事をしてみせた。  今はまだ、成乃宮が上の立場だ。  だが、ゲームが終わった時、それがお前の終わりだ。 「ダイスを寄こせ」 「はい、どうぞ」  机の上には、小さなダイスが一つ。  成乃宮は、それを手に取り、オレへと渡す。  そして、オレは自らの運命をダイスロールに託した。
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