青春の答え

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「今から言うこと、絶対に秘密な」  学校からテニススクールまでの道のりで、響也が突然切り出した。毎週水曜日、テニス馬鹿な私たちは部活がない日も同じテニススクールに通っている。  しかし、テニス一筋と思いきや響也は勉強もできる。だから、東京の大学に進学するらしい、来年の9月に海外の大学に留学するらしい、などの真偽不明の噂の的になっていた。  私と響也は出身中学こそ違えど、だいぶ昔から面識がある。同じ高校、同じ部活になって私たちはよく話すようになった。2年生になって同じクラスになってからは、誰がどこからどう見ても親友といって差し支えない。    進学がらみの噂についてだと思い、身構えた。響也と離れることが想像できなかった。 「えっ、いやだー。シリアスな話? まさか彼女でもできた-?」  わざとおちゃらけた。習い事、部活、クラス、私が所属する全部のコミュニティを共有している大切な親友と離れ離れになってしまうことがなんて想像したくなかった。声が震えて、唇が引きつった。東京に行く、海外に行く、なんて言葉を吐いたら現実になってしまいそうだったから、いかにもありがちな話題を例示した。 「果音ってすげえ勘いいんだな」  響也が心底感心した表情で私を見つめる。 「実は俺、好きな人がいるんだ」 「うそ、ほんとに?」 「お前に嘘ついてどうすんだよ」  想定外の打球に面食らった私を響也が笑う。 「この学校のヤツじゃないから、誰にも言ってないけどさ」 「どこの人?」 「聖ロゼリカ女子」  電車で数駅先のミッション系私立女子高校の名前だ。文化祭は招待チケットがないと入れない厳重ぶりで、育ちのいいお嬢様ばかりでナンパにはなびかないような子ばかりだと聞く。響也との接点がまるでない。 「超お嬢様高じゃん。どうやって出会ったのさ」 「中学が一緒だった」  じゃあ、長いんだ。と、いう言葉を飲み込んだ。詮索するようなことはしたくなかった。でも、それよりも気になっていることがある。 「この間はいないって言ってたじゃん」  前にテニス部のみんなで恋愛の話になったとき、響也は「テニスが恋人。好きな人はいない」と言った。同じく好きな人も恋人もいなかった私は「テニスは私の恋人なんだけど」と冗談めかして反論した。 「言いたくなかったから、あの場ではああ言った。誰にも言ってないし、これからも言うつもりはない」 「なんか意外。男子って付き合った人数とか競ってるイメージだから。脳内彼女作って参戦したりなんかしてさ」 「あいつのこと、そういう道具にしたくない」  やっぱり、響也はほかの男子とは違う。だから、人間として信用できる。 「果音は女子だから分かんないと思うけどさ、男子カルチャーで好きな奴いるーとか言うと大変なことになるんだよ」  心底うんざりした様子で響也が言った。源氏物語の時代から男子が集まれば女子の品評会が行われていると言うけれど、そういうことを響也は好まなさそうだ。 「確かに、いい恋バナと悪い恋バナがあるよねって思う。幸せな話は聞きたいし悩んでたら相談に乗りたいとは思うけど、彼氏のスペック競ったり人の秘密勝手に暴露したりするのはよくないって思う」 「そんなレベルじゃなくてさ、ゴミみたいな質問攻めがデフォルトでさ。それはまだマシな方で、勝手にLINE送ったりして相手に迷惑かけるとか普通にやるやつらがいるんだよ。やばいだろ」  響也がため息をついた。男子は男子で大変なのだろう。私は響也におばさんみたいな質問攻めをする気はない。でも、これくらいは聞いても許されると思う。 「なんで私には言ったの?」 「果音は信用できるから。だから、果音にだけは嘘つきたくなかった」  色々な感情と情報が入り交じって、処理しきれない。テニスが恋人で恋愛に興味がないなんて嘘で、他校に好きな人がいる。そして、なぜか私にだけは本当のことを言ってくれた。 「果音は口堅いし、変な噂話しないし、すっげえいいやつじゃん。それに、果音は俺の一番の親友だから。って、これ部活の前にする話じゃねえな」  響也はへへっと笑った。  確かに私は誰と誰が付き合っているという話で盛り上がらないし、根拠のない憶測や余計な詮索はしないようにしている。友だちが話したくないことは無理に暴きたくない。友だちが話したいことだけ話してくれればそれでいい。楽しい時間を過ごすことが一番大事だ。挨拶程度の付き合いの人間が誰と付き合っているかよりも、隣にいる大切な友だちが今好きな音楽の方が私にとっては興味のあることだ。知らない人の話よりも、友だちが今読んでいる本や漫画のタイトルが聞きたい。  そして、人の秘密は絶対に言いふらさない。人の信頼を裏切ることは、マナー違反どころか人として一番大事なルールに違反する行為だからだ。  大事な友人である響也に信頼してもらえたことが嬉しかった。私はふうっと一息ついた。 「なんか嬉しいかも。頑張ってね、私、応援するよ!」 「サンキュー! やっぱ果音に話してよかった」 「私もなんか、安心したわ。シリアスな話するのかと思った」 「どんな?」 「響也が遠くの大学行くとか」 「っておい!お前も噂に惑わされてんじゃねえか」  響也が笑いながら私に小指で軽くデコピンをした。 「普通に県内の国公立行く。俺が言ったんだからお前も進路教えろよ」 「私も、おんなじ!」 「だよな。俺はどこにも行かねえよ」  その言葉に心底安心した。悲しいさよなら、の話じゃなくて、楽しい恋バナでよかった。ほっとして桃の畦道を通ってテニススクールへと向かう。1学期には淡い色の花が満開だった桃の木々は実りつつあった。  一緒にテニススクールに行くことは去年からの日課だった。一緒に買い食いをすることも。今日も白桃味のパピコを半分こする。限られたお小遣いを節約して有効活用するための生活の知恵だ。この桃畑の桃のうち何個かはパピコになるのかななんて考えながらアイスを食べる私たちは、自分で言うのもなんだけれど粋だと思う。 「青春、だなあ」  私は無意識に呟いていた。それは現在進行形で恋愛をしている響也に対する言葉なのか、今この瞬間の私たちに対する言葉なのか自分でもわからなかった。 「なんだよ、藪から棒に」  響也が笑った。 「いや、青春だと思って……」  答えになっていない返事をする。 「確かに、青春かもな。青春がよくわからないけど」 「確かに私もよくわかってないかも。自分で言ってなんだけど、ニュアンスだけで使ってるね、青春って言葉」 「青春って感じたら青春なんじゃね?」  そう結論付けた響也はどことなく大人に見えて、ただでさえ高い身長が普段よりさらに高く感じる。そうなのかもしれない。難しいことなんてどうでもよくて、今が楽しければそれでいい。それこそが青春とは何か、の答えなのかもしれない。  今が楽しければそれでいい。そのはずだった。響也と私の志望大学が同じだと知り、これで安心できると思った。でも、なぜだか私の心は晴れなくて、テニスにいまいち集中できなかった。
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