マリオネットの恋

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 一人の男を追って舞台を台無しにしたマリオネットの話は瞬く間に広がり、フラウは解雇されることになった。支配人は、マリオネットとしては雇えないが雑用係として働くのであればここにいて良いと、フラウを見捨てなかった。 「私の忠告も聞かずに仕事を放って、その結果がこれとは報われないね」 支配人は、本当はフラウのことが心配で仕方がないのだが、他のマリオネットたちがそれを許さなかった。誰も、フラウのことを可哀想なんて思っていなくて、なんて下品な女なのかと笑っていた。支配人は、それを知っているからこそ厳しく当たり、心配する素振りを見せないのだ。 「お前にフラウという名は勿体ない。今日からはナデシカに戻りなさい」  それから、ナデシカはマリオネットの頃のようなきれいな衣服を纏うことは許されず、ボロボロで小汚い服を着て、髪もずいぶん手入れできずに放っていた。そんな姿を他のマリオネットたちは面白がり、支配人だけが胸を痛めていた。当のナデシカは、恋した男も職も失い、もう生気をなくしたようだった。そんなナデシカをこの世に引き止めていたのは、彼女の中の納得できないことだった。 「支配人、どうしてマリオネットは決められた踊りしかしてはいけないのですか? どうして、お客に恋してはいけないのですか?」 ナデシカは、ほつれた雑巾で床を拭きながらそう問いかけた。支配人は店のお金を数えながら答える。 「マリオネットは人形、そこに少女の意思は必要ないのです。人形が人間に恋をしたら、それはもう人形ではない」 支配人がどこか寂しそうに言うので、ナデシカも口をつぐんでしまった。何も言い返せないけど、納得はしなかった。ナデシカは、ただ愛されることを望んでいるだけの、少女だから。そして、良いことが思い立ったナデシカは掃除する手を止めて言った。 「私は、もうフラウではなくてナデシカなのよね。だったら、好きに踊っても恋をしてもいいのよね」 嬉しそうにするフラウに、支配人は厳しい目をして告げる。 「今度は、フラウを愛する人ではなくナデシカを愛する人を見つけなさい。言葉だけに心を奪われないで、お前もちゃんと人を愛するのよ」 ナデシカは、厳しくみえるその温かさに気づき、支配人の手を握る。支配人もまた、その手を握り返し、優しさのままにナデシカを抱きしめた。 「私は支配人に出会えて幸せだわ」 抱きしめられた温もりを、久しぶりのその安心を、そっと思い出せるように噛み締めてナデシカは前を向いた。きれいに着飾ることができなくても、いつか家へ帰ったときに家族が笑っていることを願って、これから素敵な出会いがあると信じて、与えられた仕事を全うすることにした。  雑用というのは案外大変で、ナデシカは毎日汗だくになっている。朝は誰よりも早く起き、みんなのご飯を用意し舞台の支度をする。舞台の幕が上がれば、裏で切符の整理とマリオネットたちの管理をする。そして、夜になったら溜まっている家事をこなして明日の仕込みを済ませる。これを毎日繰り返し、マリオネットたちの嫌がらせも何も言わずに受け流し、そうやって、ナデシカは日に日に痩せていった。  一方、そんなナデシカに恋をする少年がいた。少年はフラウを知っていたが、それほど好きになることはなかった。なぜなら、少年にとってマリオネットは不気味な存在であり、フラウもその一人だったのだ。だが、あの晩、友人に連れられ舞台を見に来た少年は、そこで自由に踊っているナデシカに恋に落ちたのだった。
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