マリオネットの恋

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 貧しい生まれのナデシカは、今宵もマリオネットとして踊っている。マリオネットとは、舞台で踊ることを職業とする少女のことを指し、そのほとんどがナデシカのように出稼ぎでネオンの街へ来る少女たちだ。綺麗にお化粧し着飾って、毎夜決まった時間に決まった踊りをする。給与は基本給が数万円出て、家族へ送ればあっという間になくなる。あとは歩合制で、人気がなければ踊ったところで収入は得られないので、そういう子たちは雑用などをして生活している。  ナデシカは、十二でここへ来てもう三年になる。ここへ来て最初に「お前の名前はフラウだ」と言われて以来、ナデシカと呼ばれることはなくなった。マリオネットの中でも顔が整っているので、ある程度の人気を保持することができている。それでも、フラウはおごることなくしとやかである。そして、この頃、よく来るお客の中でも特にフラウに声掛けをする男がいる。 「フラウ、今日も可愛らしいよ」 そう言って、フラウの手に札を数枚握らせる。マリオネットはお客と会話してはならないという決まりがあるため、フラウがこの男に答えることはない。それなのに、男は興奮した様子で続ける。 「あぁ、フラウ。君の顔はここらで一番美しいさ。どんな女だって君には敵わない」 フラウは、困った素振りをして支配人を呼んだ。男はあっけなく連れられていったが、いつまでもフラウのことを見つめていた。  実のところ、フラウはあの男に惚れているのだ。これまで、自分のことを「美しい」などと言って褒めてくれる人に出会うことがなかったので、薄っぺらい言葉ひとつで簡単に恋に落ちてしまった。フラウは、いつだってあの男のことを考え胸を高鳴らせていた。それを察した支配人がフラウを呼ぶ。 「マリオネットがお客に恋するなんて許されないわ。これ以上はわきまえなさい」 数え切れないことの内のたった一つでしかないように言われ、フラウは納得できなかった。 「私はあの方を心から愛しています。だって、あんなに優しい言葉をかけてくれたのは、両親とあの方だけですもの。それに、あの方だってきっと私のことを愛しているわ」 まっすぐな瞳で訴えるフラウに、支配人は言葉を呑み込んだ。 「あまり期待しないように。お前が思うほど、人はきれいではないのだから」 そう言われても、フラウは聞く耳を持たずに部屋へ帰ってしまった。  ある晩、フラウの出番になり幕が開くと、そこにはあの男がいた。フラウは、もうその男しか目に入らず、男へ思いを届けようと一心に踊り続けた。だが、フラウの思いはいつの間にか膨れ上がり、ついには決められた踊りを破り、髪が乱れても気に留めず、その姿はマリオネットの舞う姿とは違っていた。  支配人は、慌ててフラウを舞台から下ろし幕を閉じた。そして、フラウを厳しく叱ったが、フラウはどうして怒られているのか分からずただ泣いていた。 「あんまりです。私はただ、あの方に私の気持ちを伝えたくて踊っていたのに、途中で幕を閉じるなんて」 そして、フラウは支配人の言葉を待たずに裏口から飛び出した。あの男がまだいるかもしれないと、マリオネットも何もすべて投げ出して思いを伝えるために走り出していた。しばらく辺りを探してやっと男を見つけると、呼吸も荒いまま声をかけた。 「私、フラウよ。あなたに思いを伝えたくてここへ来たの! あなたと暮らすために!」 男はフラウを見つめて、それから、大きく手を上げ勢いのままフラウの頬を打った。 「フラウは最高のマリオネットだったが、お前はそれを壊した! これだから子供は嫌なんだ。金をもらって働いている自覚がない」 フラウは、驚いてしまって後退りした。そして、そんなはずないと言うように、自分の両手を握りしめて問いかけた。 「……美しいって言ってくれたでしょう。私を愛していると言って」 フラウが泣きながら思いを伝えても、この男に響くことはなかった。 「やめてくれ。マリオネットじゃないお前に、いったい何の価値があるというんだ」 男は、一度も振り返ることなくその場を去った。
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