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「陽太にフラれると思ってたから紹介したんだよ」
「うん、斗真が凄く最低男だったということを知れて私はとても嬉しいよ」
目いっぱいの皮肉を込めて私が返すと、斗真は「そう、だからさ」と言葉を続けた。
「その後に、俺にしとけよっていうつもりだった」
時が、止まった。
けれど青信号になって車は動いた。
私は流れていく景色を暫く呆然と見つめながら、今の言葉を反芻し、漸く飲み込めたところで、息を吸って、声を上げた。無意識に、私は呼吸を止めていたんだと、この時知った。
「はぁ?」
「まぁその反応から脈無しなのわかるからよかったよ」
「いやいや、てか、そんな素振り見せなかったじゃん」
「俺がどうでもいい女の送り迎えを遊ぶたびに毎回する男だと思っていたのか」
「ものすごく優しい奴だなー、すげぇマメだなー、とか思ってた」
「俺の印象滅茶苦茶よかったのを喜んでいいのかわかんねぇ返答だなそれ」
いつものように軽口な感じで会話を交わしながらも、私の脳内は大混乱だった。そして、目を合わせれなかった。斗真は運転の為に前を見ていて、私はどういう顔をすればいいかわからなくて、ずっと前を見つめていた。
かといって、このまま色々ハッキリした言葉もないまま濁したまま帰るっていうのも嫌だったし、まぁ、ハッキリさせる方が絶対ダメなんだろうけど、「秘密にしろ」っていう会話から始まった時点でこれはハッキリさせて終わらせる必要があると私は判断した。
「え、私のこと好きだったの?」
「ドストレートにもほどがある」
「いやもう、ストレートに聞くしかないかなって」
「そういう所がなんというか面倒くさくなくて俺は好きだった」
「つまり告白ですか?」
「もっとちゃんと言うと友達として遊んで3回目ぐらいから好きだった」
「マジかよ」
「そうだよ」
また、赤信号で止まった。
エンジン音が流れているはずなのに、私の耳は斗真の呼吸音を妙に捉えてしまっていた。
ああ、そうか
斗真も、緊張しているんだ。
吐く息が震える様子が妙に耳をくすぐる音のように感じて、私は思わず斗真側の耳を抑えた。
「……気持ちは非常に、嬉しく思っております」
「そりゃどうも。で、ついでに聞いときたいんだけど」
「もうこの際何でも聞いてこい。全部ストレートに言ってやろう」
「そう言われると怖ぇな。まぁ、言うけど」
青信号になる。
車が、走り始める。
私の家まで、後数10メートル。
この会話は私の家に着くまでに、本当にちゃんと終わるんだろうか。
そんな変な不安を胸に抱き始めた私に、斗真は言った。
「俺の好きなとこ5個言って」
「5個も」
「それで諦めるから」
「えぇ」
急にもほどがある。
でも、もうすぐ家に着く。
何故か妙に焦った私は必死に頭を巡らす。
「えっと、私の話を文句なく聞いてくれるところ」
「おう」
「いつも送り迎えしてくれるとこ」
「ん」
「私が酔った時に寝ていいぞって気遣ってくれたとこ」
「そんなこともあったな」
「えーとえーと、あ、いつも話が面白いとこ」
「それは普通に嬉しいな」
「あと、あとは……」
車が止まる。
私の家の前に着いた。
「なんだかんだ、優しいとこ」
果たしてこれは答えになっているだろうか。
けれど、最後の言葉は、思わず斗真の方を向いて言ったら、斗真は今まで見たことの無いような顔で笑っていて「そっか」と私の頭を撫でた。
「こんなことできんのも、今日で最後か」
「そうだね。さすがに、これからは陽太の特権」
「だな。はー、羨まし」
そう言ってエンジンを止めた斗真は私の扉側のカギを開けた。
「ほい、到着しましたよお姫様」
「はい、ありがとうございます」
何故かまた敬語になってしまった。
それでも私はそのまま車から降りて、そのまま家に向かおうとして――なんとなく、振り向いた。
そしたら、にま、と笑った斗真が手招きをした。
何か忘れものでもしていただろうか、と私はカバンの中身を確認しながら「何?」と近づくと、運転席の窓が開いた。
「本当にこれで最後な」
そう言って、窓から身を乗り出した斗真が。
私の後頭部をやや乱暴気味に掴んで引き寄せた。
額に、温かくて湿り気のある感触があって、私は、瞬時に何をされたかわかった。
「な、なななな!」
思わず思いっきり後ずさりする私に斗真は、悪戯が成功した少年みたいな顔して笑っていた。
「絶対、やつには秘密な。じゃ、おやすみ」
そう言ってひらっと手を振って、斗真は車を走らせ去っていく。
その車の後姿を呆然と見送った私は、車が見えなくなってから、額をさすった。
「最低……」
こんなの絶対言えないし、秘密にするしかない。
なんて爆弾を落としていったんだあの面倒くさい男は。
そう心の中で悪態をつくも。
私の心の中は曇天、というわけではなく。
「……舞い上がってる私も最低だわな」
まさかの好意を受けて喜んでしまう自分がどうしようもなく情けなくて、私はじんわりと汗をかき始めている全身を感じながら顔全体を覆った。
これがきっと、墓場まで持っていく秘密、というやつなのだろう。
fin
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